外来診療からみた現代の思春期

1.はじめに

 今回、このように子どもの精神医療についてお話する貴重な機会をいただきましたことを関係者の方々に感謝いたします。 この機会に、私は普段の外来診療を少し整理して振り返ってみようと思い立ちました。以前から、受診してくる子どもたちの人間関係をつくる力というか、対人スキルの不足が気にかかっていたので、今回外来診療を分析することで、現代の思春期における対人関係の特徴などを浮き彫りにできないかと考えたわけです。結論から言いますと、このプランはまったくの的外れとなりました。現代の思春期像を描くことは到底できないということがすぐにわかりました。大きな題名をつけすぎたと、頭が真っ白になりました。しかしながら、私の外来診療が、少なくともこの地域における児童精神科医療の特徴の一端は表しているのではないかと思い直して、今日は発表させていただきます。

 

2.調査対象

 2004年8月1日から2005年7月31日までの一年間に、当院を訪れた初診患者は519名でした。十代が最も多く、26.2%を占めています。また、20歳未満をみると35.1%となり、児童思春期をメインターゲットにしている当院の特徴が出ていると思います。今回は、初診患者のうち18歳以下を対象に検討しました。519名中、18歳以下は170名、32.8%を占め、男子81名(平均年齢10.5歳)、女子89名(平均年齢12.8歳)でした。

      <初診患者分布>

 

3.主訴の内訳

 円グラフは、初診時の主訴の内訳です。訴えが複数の者がいるため、延べ数は261となっています。不登校・登校渋滞が23.4%と最も多く、次いで頭痛や腹痛などの身体症状が16.5%となっています。子どもの場合、成人に比べ、身体化や行動化が多いのが特徴ですが、その特質をよく表しています。主訴の内訳には、性差がみられました。男子の場合、不登校・登校渋滞16.9%、身体症状12.1%も多いのですが、集団不適応14.5%、キレやすい10.5%、多動8.1%など、対人行動面に現れる問題が多数を占めています。

 

 一方、女子の場合、不登校・登校渋滞と身体症状を合わせると49.6%とほぼ半数を占めています。男子で多い集団不適応や多動は人関係での悩み、情緒不安定、リストカットを中心にした自傷行為などが目に付きます。
 昨今、子どもの「うつ」がよく話題にのぼりますが、抑うつ・意欲低下という主訴は男女ともに少数でした。

 

4.診断の内訳

 診断については、初診からまだ間がなく、暫定診断となっているケースがあること、また今回重複診断はせず、最も基底にあると考えられる障害を選択していることをまずお断りしておきます。

  広汎性発達障害が58.8%と最も多数を占めました。正確に言うと、この中には、アメリカ精神医学会のDSM-Ⅳに示される広汎性発達障害(PDD)と特定不能の広汎性発達障害(PDDNOS)が入っています。このPDDNOSですが、ある児童精神科医は、「典型的な自閉症ではないが、自閉症としての特徴がいくつかあり、軽症例といえるものの、ほぼ自閉症と同様の経過が予想され、対応は自閉症と同じと考えてよい症例」と解説しています。
 日々の臨床実感からすると、だいたい初診の半分が軽度発達障害と思っていましたので、今回分析をして、その数の多さに改めて驚きました。発達障害は、AD/HDを合わせると、実に63.5%に達しました。
 因みに、日本の児童思春期臨床のメッカ、東京都立梅が丘病院の外来統計によると、平成13年度の初診患者のうち、PDDが30%、AD/HDが20%程度です。PDDのうち、高機能群が55%遅滞を伴う者が45%となっています。ここ数年PDD、とりわけ高機能群の増加が目立つとのことです。当院の場合は、精神遅滞を伴う者は数えるほどで、ほとんどが高機能群ですので、かなり軽症例を拾っているものと思われます。
 PDDに次いで、適応障害が8.8%です。これは、学校生活がストレスとなって不登校、といったケースで、従来的に言うと神経症性の不登校です。
 身体表現性障害が4.7%です。これは、従来、心因性の頭痛や腹痛、発熱といったもの、それから転換ヒステリーなどが含まれます。情緒障害が4.1%です。この病名を、精神医学的診断名と並べるのは不適切かもしれませんが、今回は、幼児期からの親子関係の不具合から情緒的問題が生じたと考えられるケースを該当させました。主訴の場合と同様、診断についても明らかな性差がみられました。

 

 男子では、実に 71.6%がPDDであり、AD/HD 8.6%と合わせると、80%が発達障害でした。一方、女子では、PDDの比率は男子に比べ47.2%と低く、AD/HDと診断するケースはこの一年はありませんでした。PDD の、特に高機能群も、AD/HDもともに男子にかなり多いという一般的な事実と一致していました。また、女子ではPDDに次いで、適応障害が13.5%と多く、身体表現性障害、情緒障害、社会恐怖がそれぞれ6~7%を占めました。
 主訴の項でも述べましたが、昨今話題にのぼる子どもの「うつ病」は、今回重複診断を行っていないこともあり、この一年男女ともに認められませんでした。操作的診断基準に従いますと、経過中、うつ病エピソードを呈したPDDのケースが2例存在しました。

 

5.発達障害の精神医学的分類

 ここで、発達障害の概略を見ておきます。臨床的にPDDかAD/HDか、どちらか判然としないケースも多く、この図のように重複があると考えた方が実際的です。現在のところ医学診断的には、重複する場合はPDDがAD/HDに優先することになっています。多動は通常小学校中学年以降目立たなくなってきますが、その時点でAD/HDとみられていたケースがPDDに診断変更されることも多いと思います。ここで示された学習障害は、医学診断的なもので、狭義の学習障害です。読字、書字、算数などの特異的な能力障害です。

 

 一方、教育領域で使用される学習障害(広義の学習障害)を図に書き入れてみると、かなり広範囲を含んでいることがわかります。PDDにもAD/HDにも広義の学習障害が合併している例が存在しています。

 

6.広汎性発達障害とは

1)疾病概念

 図は、広汎性発達障害という疾病概念について、あいち小児医療センターの杉山登志郎先生が表した図です。縦軸が障害の程度を表し、横軸が知的能力の程度を表しています。
 カナーがその昔発表した自閉症概念を頂点として、高機能自閉症、アスペルガー障害へと裾野が広がっています。この右側の裾野を、自閉症スペクトラムと呼んでいます。

 

2)障害特性

 社会性の障害(対人的相互性の障害ともいわれます)、コミュニケーションの障害、想像力の障害(こだわり)の3つの障害特性をもっており、3つ組の障害などと呼んでいます。

a. 社会性の障害

 これは自閉と呼ばれるものと同一で、3つの障害の中で中核に位置づけられるものです。親をあまり求めない、目を合わせることが少ない、人見知りせず、平気でどこかへ行ってしまうといった幼児に特徴的な行動に始まって、対人相互の交流が出来ない、人の気持ちが読めない、場の状況がつかめないといった社会的相互反応の問題に展開していきます。

b. コミュニケーションの障害

 言葉の遅れから始まり、その後言葉が出てくるようになると、オウム返し、疑問文による要求、会話が困難なことなど自閉症独特の言語が見られます。さらに言語能力が向上した場合には、比喩や冗談がわからないことや会話による情緒交流が難しいことが特徴となります。アスペルガー障害は、この障害の程度が軽度です。

c. 想像力の障害

 想像力の障害とは、一般的に「こだわり」行動と呼ばれるものです。普通児に見られる活発な想像力を駆使した遊びの代わりに、多彩なこだわり行動を示します。早期にはくるくる回ったり、手を振ったりする自己刺激行動の反復がみられます。次いで、特定のものにだけ著しい興味を示す興味の限局が目につくようになり、さらに順番や物の位置への固執などの順序固執へと発展して行きます。例えば、ミニカーや昆虫への執着などがよくみられます。また、事物だけではなく自分の身体へのこだわりといった形でもよくみられます。

3)臨床類型

 イギリスの児童精神科医ローナ・ウィングは、自閉症スペクトラムを次の3つの臨床類型に分けています。孤立型は、対人関係を特定の人以外は避けてしまうタイプです。認知の遅れや、過敏性など認知の歪みも強い傾向があります。また、こだわり行動を示すことが多いタイプです。受動型は、受け身でなら人とつき合えるタイプで、過敏性などの認知の歪みは少ない傾向にあります。指示がないと動けないのですが、もっとも社会適応がよいタイプです。積極奇異型は、人と積極的に、しかし彼らなりの独特なやり方で接するタイプです。知的には高いのですが、問題児となることも多い傾向があります。一般的には、学童期に孤立型・積極奇異型から受動型へ移行すると言われています。

 

7.当院のPDD

 ここで、当院で58.8%を占めたPDDの主訴(男女別)をみてみます。

 男子をみると、不登校・登校渋滞、身体症状などが上位を占めて、キレやすい、対人関係の問題などの主訴も多く認められます。こうした主訴から、だけでは、「発達障害」という診断を想起することはできません。集団不適応という主訴になるとかろうじて、というところでしょうか。
 女子をみると、不登校・登校渋滞、身体症状、対人関係の問題、情緒不安定などが主訴の上位を占めています。男子以上に、まったく「発達障害」の匂いを感じさせません。これらの主訴は、発達障害から二次的に派生した問題を表しています。
 さて、ここで実例を提示してみます。一例目は初診段階から高機能のPDDを疑った症例です。二例目は当初は発達障害とは気づかなかった症例です。

 

8.症例提示

症例 A  

 症例は初診時12歳、中学1年生男子です。主訴は頭痛と不登校です。中学1年生の秋のある日、登校前に頭痛を訴えて学校を休みました。頭痛は朝から夜まで続き、時折しめつけられる痛みがくると訴えていました。頭痛の訴えが毎日執拗なので、2カ所の脳外科を回り、頭部CTやMRI検査を受けましたが、異常所見はありませんでした。ただ、脳波に異常を指摘されて、抗てんかん薬を投与されました。服用しても変化はありません。頭痛が発現してから、学校はずっと休んでいました。
 各種鎮痛薬にも全く反応せず、脳外科医からは頭痛が精神的な要因で生じている可能性もあると指摘されました。このため、その年の12月に当院を受診しました。
 初診時の印象としては、表情が乏しく、硬さが際立っていました。また、目が合うと、少し首を傾げて目をゆっくり見開く独特のしぐさが印象的でした。口が重くて気持を引き出すのが困難でした。今この瞬間にも頭痛がすると無表情に平板に語りますが、その痛みを抱えた感情がこちらには伝わってきません。
 生育歴上の特徴としては、まず、育てやすく手のかからない子であったということです。親に擦り寄ってくる子ではなかったようです。始語が遅く、頷くだけでしたが、2歳になると突然大人言葉で話し始めたそうです。保育園当時からひとり遊びが好きで、昆虫や魚に強い興味を示し、図鑑を見るのに熱中しました。小学校低学年までは友だちと遊ぶことがありましたが、高学年からはひとり遊びが多くなり、マイペースな生活ぶりが目立ち始めました。中学校での様子を聞いても、一学期は勉強や部活(柔道部)において、特に問題はなかったと言います。  

 

 

 上図は、知能検査WISC-Ⅲの結果です。言語性=123、動作性=120、トータルIQ=124と平均以上の知能を有しています。しかし、下位項目を見ると、言語性での「数唱」の落ち込みが際立っています。また、動作性では、他の項目に比べて、「積木」と「迷路」が高く、「組合」と「記号」が低いといった具合に、能力に凸凹がみられます。
 Aに対して言語的な介入が困難であったため、臨床心理士にプレイセラピーを依頼しました。心理士の感想は、自分の感情を言葉で表現することが不得手で、頭痛や学校に対する不安がまるでないかのように見える、というものでした。3回目ころより、絵画(スクィグル)やボードゲームに積極的になってきて、笑顔が出るようになりました。3月に県外への転居が急遽決まり、家の片付けを手伝うようになると、頭痛がまったく消失しました。

 

症例 B

 症例は、初診時14歳、中学2年生女子です。主訴は腹痛と登校渋滞です。中学2年生の一学期の終わりころから、大勢の中にいるのが苦痛になりました。二学期の始まりから、登校前に腹痛が出現し、休みがちとなりました。近くの内科を受診しましたが、異常所見はありませんでした。その内科医よりの紹介で、11月当院を受診しました。
 初診時の印象としては、表面上ニコニコと明るく、あまり葛藤を感じさせません。外面を気にして、外では良い子です。家では姉妹に八つ当たりをするといいます。当初は、社会恐怖的な心性を持つ子として、いわゆる神経症レベルと診立てました。臨床心理士にカウンセリングを依頼しました。その後の心理士の感想は、色々とよくおしゃべりしてくれるが、自分の感情を語ることは少なく、何回会ってもなかなか関係性が深まっていかない、というものでした。また、面接中たまにうわの空になっていることがあるというので、生育歴の再聴取を行いました。
 生育歴上の特徴としては、まず、人見知りがありませんでした。言語発達に遅れは認めません。人なつこく誰にでも話しかけるようなところがありました。幼児期より、音や匂いに敏感な子でした。幼稚園では登園を渋りました。小学校時代は明るく活発な子と教師から評価されていました。小学校4年と5年の時、唐突にクラス委員に立候補したというエピソードがあります。本人の話では、クラス委員になれば皆が自分の意見を聞いてくれると思った、と言います。落選すると、皆の気持が分からんと言ってしばらく学校を休んだそうです。その頃から、思い通りにいかないと、外では我慢して、家で荒れるようになりました。4年生の時、興奮して台所から包丁を持ち出して構えるようなことがありました。以前から、冗談を真に受けて怒り出すことが多い、といいます。
 また、いやな過去の記憶がふとした拍子に蘇ってきて、当時のいやな気分に陥ってしまうという、タイムスリップ現象が頻発していることが聴取されました。この現象はPDDに多くみられるといわれています。

PDDを疑い、WISC-Ⅲを実施しました。下図がその結果です。  

 

 言語性97、動作性99、トータルIQ=98ということで、平均知能です。しかし、下位項目を見ると、言語性では「算数」が低くなっています。また、動作性では「完成」や「組合わせ」が比較的高いのに比べて、「配列」や「迷路」が落ち込んでおり、各能力に凸凹が見られます。面接経過、生育歴および知能検査の結果から、アスペルガー障害と診断しました。

 

9.まとめ 

 以上、外来診療から現代の思春期を描こうとした壮大な夢から覚めた、生の現実をご覧いただきました。これだけ発達障害が多ければ、外来診療の中で、人間関係をつくる力が弱い、とか対人スキルが不足しているとかいう印象をもつのも当たり前、ということになってしまうわけです。逆に、今や思春期を語ろうとすれば、「発達障害」を抜きに語る事はできないと言えるのかもしれません。
 さて、一般に発達障害というと、多動やパニック、強いこだわりといった際立った行動異常や、言葉の遅れやオウム返しといった言語の障害があるものとイメージされるのではないでしょうか。そうしたいわゆる一次障害を主体にしたケースは、幼児期の受診者の中にはみられましたが、学童中期以降はむしろ、不登校や友人関係の問題、感情のコントロールの不良などの二次的な障害で来院するケースがほとんどでした。また、頭痛や腹痛をはじめとする身体症状が受診のきっかけになっているケースも数多く認められました。
 あるいは、当院のPDD比率の高さから、発達障害の診断を乱発しすぎであるとの批判を受けるかもしれません。先ほど提示したケースでも、一例目を「身体表現性障害」、二例目を「社会恐怖」、あるいは「適応障害」と診断することが一般精神科的には多いかもしれません。しかし、そうした診立てでは、たいがい治療が立ち行かなくなってしまいます。子どもは常に発達していきますが、一面的な理解ではその子の伸びていく先が見えません。ベースに発達障害が潜んでいて、そのために適応がうまくいかないということが理解できると、本人が分かった風で実はあまり分かっていないという特徴に目が届きます。すると、本人に対して、その特性に気づかせて支援を行うことができ、家族や学校の対応に介入しやすくなるのです。例えば、PDDの不登校ケースの場合、休養させるとか、行かなくてもよいという方法は経験的にうまくいかないことが多いように思います。彼らは、家の中で焦ることなくどっぷり引きこもってしまいます。むしろ、どうやって学校や友人と繋げるかを模索したり、支援したりする方が、後々うまくいくように思います。
 以前、多くの児童精神科医がそうであったように、私もPDDの診断には慎重でした。
 私がPDDの診断に以前ほど躊躇しなくなったのは、大人のPDDの患者さんから色々と示唆を受けた影響もあります。こちらが控えめにPDDかもしれませんと告知したとき、彼や彼女の何人かが、もっと前にその事実を知りたかった、もっと早くに知っていればあんなに苦しまなかったかもしれない、などと訴えるのを聞いたからです。その特性が生来的なものであると理解して、対処スキルを向上させる努力によって、生きていく上での苦悩が減じ、社会適応が改善されていく可能性を確信したのです。
 私は開業してからの約3年間で、発達障害について、患者さんから随分多くを学びました。様々な発達障害の様相を目の当たりにして、今、子どもたちの苦しみに少し手が届く感触があります。子どもたちは自分の苦しみをうまくまわりに伝えられずにいて、尋ねられると、つい「分からん」などと言ってしまいます。そこで、彼らの集団の中での苦しみをまずこちらが、「君はああだよね、こうだよね」とわかりやすく表現してあげることが大事であると思います。そうやって彼らと繋がっていくと、少しずつですが、彼らは発達を遂げ、変わっていくのです。

2004年09月03日