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私の原点―山下格先生のこと 



 大学時代のこと、とりわけ勉学について私には語る資格がないかもしれない。放射線科の卒業試験で教壇に現れた初めて見るジャケットを着た人物について、隣りに座った級友に「あれは誰?」と尋ねたところ、何を冗談を言ってるのかと言わんばかりに「おいおい、入江教授じゃないか」と素っ頓狂な声で返された。それを聞きつけた周りに失笑が起こった。授業に出ないことで有名だったので、卒業が決まった時に出席番号が1つ前の友人―彼がいなければ卒業はできなかった、教養部時代からずっと私の代返をしてくれていた―に、「お前ほんとうに医者務まるのか?病院には何があっても行けよ」と真顔で言われた。
 6年ほど前に、大学同期の、旭川医大泌尿器科教授を務めている柿崎君が浜松に講演に来るというので、現在浜松医大副学長の、やはり同期の渡邉君の肝入りで3人で食事をすることになった。大学時代の話に花が咲き、件の卒業試験の話になった。精神科の卒業試験の話を始めると、2人とも首を傾げて覚えていないと言う。精神科の卒業試験1問目は、様々な症状の見られる(おそらくうつ病とおぼしき)患者が目の前に現れた時に、あなたはどのように考え、どのような手立てを講じるかといった内容だった。その問題をよく覚えていたのは、卒業謝恩会の席上で、当時精神科教授であった山下格先生がなぜそのような問題を出したのかを解説してくれたからである。じつは、北海のひぐまと称されていた北海道選出の中川一郎代議士が、卒業の年の1月に札幌のホテルで自死したことがきっかけということだった。前年代議士の秘書から一度診察をしてほしいと頼まれていたのだが、スケジュールが合わずに結局診察は叶わなかった。話を聞いて(うつ病を)疑っていたのだから、私にはもう少し打つ手があったはずである、というのである。精神科ではなく他科に行く人がほとんどであるが、こういう患者さんは必ずみなさんの前に現れることがあろうから、みなさんにも考えておいて欲しかった、という話をされた。学生から絶大な尊敬を集めていた山下先生ならではのエピソードなのだが、真面目な学生だった2人の教授はその場面に覚えがない、という。精神科実習での、山下教授の初診風景についても話をしてみたが、それも2人にはあまり記憶がないというのである。
 初診は、広い診察室で、診察机が舞台のような具合の配置になっていて、多くの医局員と実習生が部屋のぐるりを囲む形で息を詰めて見守っていた。初診の患者が医局員に伴われて入室し、山下先生の前に座る。すると、先生は、まず特殊な面接の構造や診察の流れについて、分かりやすい言葉でゆっくり説明された。それから、来院の動機や主訴の確認をしながら、過去に遡って、その人の人となり、学校時代の様子や友人関係、仕事の内容や仕事場の様子、趣味や特技などについて、かなり事細かに穏やかで丁寧な口調でお聞きになった。1時間ほどの診察の最後に、眼底鏡で両目を確かめ、頭から足まで神経学的な所見を一通り取った後、先生は視線を落としてじっと考え込まれた。私には、その沈黙がとても長く感じられ、先生と患者、医局員たちの様子を何度も眺め回した。医局員は、じっと山下先生を見ていた。どうなっちゃったんだろうと思う頃、おもむろに山下先生が口を開かれた。言葉を選びながら、<あなたがどうして今の状況になったのか>を先ほど聴取した様々な情報を織り込んで説明されていった。目の前の患者の人生が一遍の物語のように滔々と語られ、「診断」というのとは違った思いがけない展開にワクワクするような新鮮な感動を覚えた。「私はこんな風に考えたのですが、いかがでしょう?」と山下先生が控えめに患者に問いかけると、その女性患者は得心したように頷いた。その後、少し気持ちが和らぐかもしれませんと、何か薬を出されたんじゃなかったかと思う。そして、医局員の一人の名前を呼んで、「〇先生という方ですが、今後あなたの主治医を務めていただきます」と患者に紹介した。すると、名指しされた医局員が立ち上がって、「よろしくお願いします」と患者に頭を下げた。
 山下先生は、平成26年12月1日に86歳で亡くなられた。大学の同窓会新聞に載った久住現北大教授の追悼文には、「山下先生の患者さんに対する診察は、どんな場合にでも十分な時間をかけて、大変丁寧で誠意にあふれており、相手の気持ちを自然に開かせるような、まさに職人芸そのものでありました」とあり、また、「精神医学」に掲載された当時群馬大学精神科教授の三國雅彦先生の追悼文には「北大教室では毎週,新入院患者の教授診察がありますが,大変丁寧で誠意にあふれた先生の面接の様子‥」と記述されており、私の記憶がそれほど偏ったものではないことがお分かりいただけると思う。今にして思うと、山下先生の面接手法はかなり力動的な色彩の濃いものであった。先生は、若き日精神分析に憧れ、ニューヨークに留学中の2年間コロンビア大学の精神分析研究所などに通って教育分析を受けておられたそうである。
 同期の2人の教授から、「君は精神科医になるべくしてなったということだよ」と言われたが、やはりそういうことなんだろうと思う。私の精神科医としての原点には、山下格先生がいるんだなとつくづく思い当たる。今回編集部にお願いして、山下先生のことを書かせていただくことにしたが、自分が大学時代に見た先生の診察を手本としてこれまで歩んできたことを再確認できた。学生時代、山下先生は私にとって医者として遠い憧れの存在だったが、今もなお精神科医の私の憧れでありつづけている。

                        児童分析臨床研修会会報(2021)所収

2022年08月10日

「中日新聞~東三河版~」掲載

発達障害 支えるには

発達障害がある子どもの進路を考える講演会「地域で支える子ども達の未来」が6日、豊橋市駅前大通の名豊ビルで開かれ、保護者や支援者ら125人が熱心に耳を傾けた。

市内の「かずおメンタルクリニック」の大瀧和男院長と、知的障害児に対応している市立くすのき特別支援学校の渡会博子教頭が、医師と教員の立場から講演した。大瀧院長は「発達障害を含む精神障害者は、身体障害・知的障害に比べて、離職率が高いため、企業に敬遠されがち」と現状を説明。「勉強の出来不出来に目がいきがちだが、基本的な生活習慣を教えることが社会への適応につながる」と話した。

渡会教頭は小中学校に設置されている特別支援学級と比較し、同じ授業を連続させるなど「変化が苦手な子どもたち」に対応した取り組みを紹介した。

豊川市の中学校で個別支援員を務める女性は「障害がある中学3年生の相談にのっている。知的障害はないので、特別支援学校に入学できず、受け皿がないと感じる」と話した。
2015年12月07日

「心と社会」44巻1号に掲載



児童精神科医の立場から

はじめに

当院は、愛知県豊橋市にある、思春期デイケアを併設する児童精神科クリニックで開院してちょうど10年になる。初診患者の75%が未成年で、小学生から中学生年代が中心となっている。主訴を挙げると、やはり学校不適応が圧倒的に多い。不適応の内訳では、登校渋りや不登校といった相談が多いが、集団行動がとれないといった学級内の不適応行動が問題になっているケースも少なくない。こうした状況の児童精神科クリニックにとって、学校現場との連携は、子どもの実情に迫るために欠かすことのできない手段である。当院では、数年前から精神保健福祉士の1名を学校コーディネーターとして配置し、学校との連携に力を入れてきた。本稿では、こうした連携を通してみた学校現場のメンタルヘルスについて、その現状と課題について私見を述べる。

 

「発達障害」というアイテム

受診動機で最も多い学校不適応については、不登校であれ学級内不適応であれ昨今、当院に紹介されてくる際に、学校現場ですでに不適応の背景に発達障害の特性が指摘されていたり、疑われたりする。すべての問題がその特性ゆえ、と言わんばかりの風潮が保育園・幼稚園や学校現場を中心に広がっているのである。10年前開院して間もない頃、発達障害の概念を学校関係者に理解してもらうのにひと苦労したことを思うと、隔世の感がある。なぜ、こんな極端なことになるのか。

 

学校関係者と連携する中で、子どもの発達や育ちについての認識が、児童精神科医とは決定的に異なっていることに気づかされた。児童精神科医は、個々の生まれ落ちてから(あるいは生まれる前から)の生育史を重視して、その子の資質、その子を取り巻く環境、体験の有り様を吟味しながら、(本来ありうる)育ちを阻害している要因を取り除きじっくり構えて育ちを促そうとする。これに対して、学校現場では、担任教諭は今現在の目の前にいる子どもの姿に注目して、その子の良い点・優れた点を見つけては褒め励まし悪い点・劣っている点を見つけては、手だてを考えみんなに遅れないように背中を押す。与えられた1年という時間枠の中で、与えられた課題を何とか達成したいと考えるのだろう。そこでは、どの子も等しく1年というクロノスの時間が流れる。けれど、どうだろう。我が身を振り返って、学生時代の1年1年がまるで等間隔に流れたようには感じられない。その時間の流れはまったくもって主観的なものである。昔から、子どもの育ちを早生と晩生という言葉で例えることがあるが、子どもひとりひとりが資質も置かれた環境も異なるわけで育ち方が違っていて当然なのである。単純化すると、児童精神科医の考える子どもの育ちは曲線的で不均質であるのに対して、学校現場で想定される育ちは、直線的で均質であるといえる。

 

学校の先生はやたらと忙しい。会議やら報告書やらで手一杯である。今ここを何とかしなければと考える時、「発達障害」という概念が、手っ取り早く子どもを理解(したような気に)する手近なアイテムになってしまったように思えるのである。そうして、本来吟味すべき資質家庭・学校環境、友人・親・教師との関係性などの雑多な要因を、障害特性という一点に外在化してしまって、子どもの本当の困り感に手が届いていないのが実情である。発達障害と仮に診断がついたとしても、十人十色で、子どもによって困り感は様々であり、また自身は困っていない子も多い。この点は、児童精神科医も反省しなければならない。安易に発達障害概念を広め、発達障害ばかりに衆目を集める片棒を担いだ責任はまぬがれないところである。

 

発達障害が増えた?

発達障害は果たしてほんとうに増えてきたのだろうか。確かに、学校現場はもちろんのこと臨床の場にしろ、職場にしろ、今はありとあらゆる場所で、発達障害をもつ人もしくは発達障害の疑われる人が増加しているといわれる。増加の原因として、発達障害を「連続体(スペクトラム)」として捉える診断基準の変化、発達障害に関する情報・知識が広く普及したことに伴う社会的な認知度の増大、そして低出生体重児の増加に示されるような胎児環境の変化などが指摘されている。しかし、発見頻度が高まったという認識は衆人の一致するところだが、出現頻度が増加しているという確たる論証は今のところない。あくまで私見だが、社会的な養育環境の変化が深く関わっているのではないかと考えている。すなわち、発達の凸凹を持つ子どもはずっと昔から存在していたはずだが、今ほど目立つことはなかった。これは、地域社会での人々との交わり、大家族的な生活体験、豊富な遊び環境、不便だが工夫のいる生活環境、身の丈にあった目標などに囲まれ、五感を十分に働かせた体験を通じて豊富な生活スキルを獲得して、凸凹をうまくカバーするように発達が促されていったのではないかと推測する。翻って現在の子どもは、地域的なつながりの希薄な環境で、核家族の中、身の丈に合わない過大な目標に振り回され、バーチャルな遊びに逃げ込み、五感を働かせた実生活の体験が乏しく、生活スキルを十分に獲得できぬまま成長している。発達が滞り、凸凹はカバーされることなく露呈されて、発見にいたるのではないかと思うのである。

 

育ちの失調

ベテラン教師から、健常と思える子どもたちにも発達障害で指摘されるような特性を持つ子が増えているという話をよく聞く。それもまた社会的な養育環境の衰退を物語る証左ではないかと思う。指摘される特性は、相手の気持ちが想像できない、機転が利かない、気持ちが通じ合えないとかそういうことである。この年齢なら当たり前のこと、が通用しないというのである。そして、子どもをよく見ていて勘のいい教師は、発達に凸凹のある子どもへの対応ノウハウが健常とされる子どもの指導にも力を発揮することを理解し実践している。発達障害とかいう以前に、子どもが育っていないのである。

じつは子どもだけの問題ではない。ベテラン教師やスクールカウンセラーとの対話や学校とのケース会議を通じて、中堅から若い教師の中に、子どもの気持ちを想像できない、全体を見通せない、気持ちが通じ合えない面々を発見する。もちろん、教師個々の資質の問題はあり、中には素晴らしい資質の持ち主もおいでだが、30年近く臨床に携わる者
からすると、子どもの気持ちが見えにくい通じ合いにくい先生を見い出すことが以前より明らかに増えている。そして当然ながら親たちも同様なのである。

子どもを見ても、教師や親といった大人を見ても、育てられていないのである。体験に乏しく、自信もなく、しっかり抱えられ支えられることもなく、各々が荒野にたたずんでいるような状況なのである。

こうした育ちの失調を招来している遠因は、やはり日本全体を取り巻く成果主義にあると指摘されることが多い。横並びに、高い達成目標を掲げられて頑張りを強要され、時間との勝負を強いられている世界観である。いつの頃からか、そうした世界観からこぼれる者が続出し、不登校、引きこもり、ニート、貧困と大きな社会問題となっている。人間という動物が快適に過ごせるスピードを遥かに越えてしまっているのだろう。

 

おわりに

昔はよかったといって、育ちの環境を昔通りに復元することは不可能である。しかし、何が失われて育ちの環境が衰退したのかを十分検討して、失われたものの本質を現代に再生させることはできる。子どもが働ける大人に順次育っていかないと、国力は衰退していく一方になるわけで、育ちの環境を整備することは、国家の存亡に関わる大事である。子どもは
親が育てるのではなく、社会が抱え、支え、育てていかなければならない。

 

参考文献

1)小倉清: 「子どもの精神科医五○年」論創社、2012

2)牧真吉: 「子どもの育ちをひらく」明石書店、2011

2013年03月01日

「NEW VOICE」10月号に掲載

十年ほど前からマスコミやインターネットを通じて、「うつ」にまつわる情報が氾濫している。厚生労働省の統計によれば、うつ病患者はこの十年で二倍に膨れ上がり、すでに百万人を突破している。旧来の診断方法と異なる米国式の診断基準が用いられるようになってうつ病の裾野が格段に広がった。富士山に例えると、以前の基準では七合目から上をうつ病と捉えていたのだが、今では三合目からをうつ病と呼んでいる感じである。

最近、新型うつ病なる名称をどこかで耳にされた方もおいでだろう。これは、従来のうつ病とは特徴の異なるうつ状態を表した通称で、真の病名ではない。新型と呼ばれるうつ病の患者は、仕事場では意気消沈しているが、ひとたび夜の街に出ると大いに歌い飲んで元気、若しくは家に帰るとパソコンの前に陣取って深夜までインターネットゲームに没頭といった態である。仕事がうまく進まないのはすべて自分のせいと自責する従来型のうつ病者に対して、優しくない上司が、残業ばかりの会社が悪いと他罰的になるのが、新型の人たちである。このようにまるで違う「うつ」とされるが、児童精神科医の目から見ると、この二つはじつは同根と捉えられる。幼い頃を詳しく尋ねていくと、ともに本当はとても自分の世界が強くマイペースで、頑固な子どもなのである。違うのは、従来型が本来の自分を押し殺し環境に過度に適応しようとしてかなり窮屈な性格(真面目、几帳面、対他配慮)を発展させたのに対して、新型は子どものままで発達が未熟であるという点である。これには時代性が大きく関与している。真面目で几帳面で礼儀正しいというのは、昔ながらの美徳のように讃えられるが、今の時代だとかなり息苦しいと捉えられかねない。子どものままで発達が未熟というのも、じつは子どもをまっとうに育てきれていない社会の問題であって単純に新型と呼んで珍しがっている場合ではないのである。
2012年10月01日

「入門 子どもの精神疾患」に掲載

いじめられている?

いじめのようなもの

 私のクリニックを訪れる子どもやその親から、それこそ報道で取り上げられるような凄惨ないじめを被ったという話は、開業九年目となるが聞いたことがないそうしたケースはいろんな点で複雑な要因が絡まり、精神科を利用するという手段が状況にそぐわないか、あるいはすでに医療という範疇を越えているか、いずれにしろ市中の児童精神科クリニックを受診することがないのだろう。では、いじめが少ないのかと言えばそんなことはない。日々の臨床のなかで、「いじめ」という言葉を聞かない日はない。障害の別に関わりなくである。

 母親はこんな風に切り出す。

「……息子が言うには、どうもいじめのようなものに遭っているようで……」

 あるいは―。

「……娘はいじめみたいなものがきっかけで……」

 どうにも歯切れが悪い。いじめと断じず、「いじめのようなもの」とか「いじめみたいなもの」と最近は表現されることが多い。担任に尋ねたり、同級生の親にそれとなく聞いたりしても、いじめの実態がつかめない。けれど、我が子は○○にいじめられたと断固主張しているのである。

 考えてみれば、いじめもどこまでが遊びやたわいのない冗談であるのか、きっちり線引きするのはむずかしい。悪意が込められたかどうか、あるいは悪意を感ずるかどうかを決するのは、微妙な判断である。また、見ている立ち位置で見え方が違ってくるのは、いじめ事象に限らず万事に共通する道理である。いじめを客観的に見ていこうとすると、だんだん訳が分からなくなってくる。いじめがあると言えばあるし、ないと言えばない、というように。しかし、ここで大事なのは、子どもがいじめられていると言うならば、それはその通りなのであって、子どもは「いじめのようなもの」を現在体験しているのである。また、担任教師や同級生がいじめといえるような事実は見当たらないと言えば、それもその通りなのである。双方の話を先入見なしに拝聴すると、どちらにも嘘はないと映ることが多い。この乖離をどう理解し受け止めていくかがポイントである。

 本稿では、いくつかの症例を取り上げながら、子どもたちが訴えるいじめ体験をどのように理解し、どう受け止めていくかについて述べる。このテーマに限っては、どこまでが悩みで、どこからが病気かという議論は、意味がないように思う。後述するが、いじめは重かろうが軽かろうがその時点できちんとした対応をしておかないと、後々困ったことになるのである。また、編集部から与えられたテーマは学童期のいじめであるが、学童期にとどまらない論調になってしまうこともお断りしておく。



症例A子(中学2年生)

 小学校中学年までは人なつこくて元気な子と言われていた。しかし、五年生になって気の強い級友に嫌われ「あの子としゃべるな」と周囲に圧力をかけられ、クラス中の女児から無視されるようになったという。登校を渋りがちになったが、まもなく学年が変わってクラス替えとなり、仲のよかった子とクラスが一緒になって、以降いじめは収まり、登校も順調だった。ところが、中学二年生になり、五年生の時にいじめてきた件の女生徒とクラスが一緒になった。四月の中旬から登校を渋り出し、母親に車で送られて何とか登校するものの、教室には入れず保健室で過ごすようになった。養護教諭の勧めで当院を受診した。

 A子の話では、問題の級友は自分をまるで無視していて、時々ひそひそ周りの級友と自分の悪口を言って笑っているという。母親はA子の話を信じており、教頭と担任教師にいじめを解決するように詰め寄ったが、曖昧な態度に終始する学校の対応に憤慨していた。養護教諭から届いた情報提供書には、いじめのことよりも、対人スキルの不足や状況の読めなさ、授業での教科による集中のムラなどの軽度発達障害的な特徴が列挙されていた。当人側と学校側との間に明らかな認識の相違があるので、本人と母親の了解を得て、学校と連絡を取ることにした。学校との連携を担当する精神保健福祉士(以下、当院コーディネーター)が養護教諭から得た情報では、A子が名指しした女生徒はA子について良きにつけ悪しきにつけまるで関心がないようであり、周辺への調査でも無視や悪口の流布を含めいじめの事実は確認できないという。むしろ、A子の話を鵜呑みにして学校に乗り込んできた母親の尋常でない剣幕が話題になったらしい。

 結局のところ、事実は謎である。憶測すれば、五年生当時のトラウマがフラッシュバックしてきて、ないものがあたかもあるかのように見えてしまう「独り相撲」をA子がとっているのではないかと解せる。しかし、A子がいじめられていると言う時、それはA子にとっては内的真実である。また、件の女生徒がいじめるまでにも至らずA子には関心がないと言う時、それもまた当人にとっては内的真実なのだろう。私は、目の前に座ったA子が〝いじめのようなもの〟に遭遇してどうにも参っており、それを見るに見かねた母親が気丈にも娘のために孤軍奮闘しているという具合に、A子親子を見ていくことにした。そこで、母親同意のもとに養護教諭と担任教師に来院を要請し、当院コーディネーターを交えて話し合いを持った。  

A子には確かに発達上の特性が認められ、事実認識が歪んだ形になりやすい。いじめの事実がないという学校の見解は十分納得がいくものだが、現在はいじめられた心性でいっぱいになっているA子に、いじめはないという事実を突きつけても堂々巡りになってしまう。これは母親に関しても同様である。などと説明し、いじめのようなものを受けているとするA子の見解に寄り添う治療スタンスについて理解を求めた。

その後、A子は徐々にいじめの話題から離れ、自分の得意なアニメや絵の話、教室には入れないが美術部には顔が出せ、そこには相談にのってくれる信用できる先輩がいること、将来の夢などを語るようになった。それとともに、保健室登校から徐々に教室に顔を出すようになり、教室に登校できるようになっていった。

A子にとっても母親にとっても、不安におののいている存在を何も聞かずに受け入れてくれる場所が必要だったのだろう。また、心底に押し込めていた学童期のいじめ体験を表に出し、辛かった五年生の自分をきちんと慰めてもらう必要があったのだろう。

この症例では、過去のいじめ体験が現在に蘇り、いじめのようなものを幻出させたのであるが、次の症例でも過去と現在が交錯している。


症例B子(中学1年生)

いじめのようなもの B子は元来物怖じしない、正義感の強い子だった。小学校五年生の時、先生の指示に従わずむしろ反発して周りに八つ当たりするような女児と同級になった。B子は黙っていられず、その子に面と向かってみんなに当たり散らすのはやめるように注意したという。すると問題の子は、B子を標的にして嫌がらせをするようになった。教科書やノートに落書きをする、上履きを隠す、机や椅子の脚を通り際に蹴るなどの執拗な嫌がらせを繰り返した。B子から事の次第を聞いた母親は早速担任教師に確認を求めた。若い男性教師は事実関係を調べて対応すると約束したが、その後一向に進展する気配がなかった。業を煮やした母親が学年主任や教頭に話を上げたが、対応はしどろもどろだった。他の父兄の話では、低学年の頃から問題の子の父親は学校から指摘があると逆に開き直り、担任の不手際だといって校長室に怒鳴り込んでくるという。そうした経緯があってか、学校側の姿勢は曖昧で、六年生は絶対同じクラスにしないというのが精一杯の対応のようだった。それでもB子は頑張って登校を続けた。

中学に入学し、B子は学級委員長に立候補して選ばれた。いくつかの小学校から上がってくる中学なので初顔も多いのだが、B子は自分の信念に従って、クラスのルールを守ろうとしない生徒に対しことごとく注意して回った。まもなくクラス全体からB子のやり方に非難が集中した。担任教師からもB子に注意がなされた。B子は「クラスのために正しいことをやっているのに非難される。かばってくれてもいいはずの教師さえも私を非難する」と言って、突然登校しなくなった。母親は正しい行いが認められないばかりか、教師が率先して非難するとは何事かと学校側に詰め寄ったが、話し合いは平行線だった。B子は「生きていても意味がない、消えたい」などと漏らし、「非難してくるみんなの目がこわい」と言って外出を拒むようになった。母親の相談を受けていたスクールカウンセラーからの紹介で当院受診となった。

B子は意気消沈しながら、「みんなして私をいじめる。生徒も先生も誰も信じられない」と語り、「何もかもうまくいかなくなったのはあいつのせいだ」と小学校五年生の時に嫌がらせをしてきた女生徒を名指しで罵った。学校には金輪際行かないと宣言した。

その後、心理療法士によるカウンセリングへ導入したが、そこで、B子には常識よりも厳格な自分流の正義の念があり、他者の意見をまるで受けつけない頑固さが浮き彫りとなった。一方、母親了解の下に当院コーディネーターが担任教師から得た情報によれば、B子のクラスメイトへの注意・指導は細かく執拗で常軌を逸しており、相手の感情がまるで見えていないようだった、という。

結局、B子は中学卒業まで中学の代わりに当院デイケアに通った。

B子の話では、中学での出来事を思い出すと小学校五年生当時の光景が鮮やかに浮かび上がり、いつの間にか憎い女生徒の顔だけになってしまうのだという。中学での出来事はいじめとは言いがたいものだが、タイムスリップ現象によって小学校時代のいじめ体験と混交し、B子の中で陰惨ないじめ状況と映ってしまったのである。私たちはB子のいじめのような体験を傾聴しながら、安心して過ごせるデイケアという居場所を提供し、デイケア・スタッフやメンバーに心を開くのを待った。次第に年上の女性メンバーに甘えるような仕草が見られるようになった。心理療法士は、こんがらがった糸をほぐすように、混交した過去と現在の体験を区分けし再構成することを促していった。クラスの中で自分の勘違いや行き過ぎがあったのではないかと考えるようになった。それとともにB子は少しずつ自分の特性に目を向けるようになっていった。三年生になると、学校にも時々顔を出すようになった。

中学での出来事はクラス中を巻き込んだ騒動になってしまったが、A子と同様にB子の場合も、学童期のいじめ体験が燻っており、それが現在を歪んだ形に見せてしまったのである。

ところで、B子は高校を卒業する時期になっても五年生の時のいじめ相手を深く恨んでおり、変わらぬ憎しみを語った。こうした遠い過去のいじめ体験を、まるで昨日のことのように語る青年たちが時々クリニックを訪れる。その口吻は過激で、曰く「見つけ出してぶん殴ってやる」、曰く「殺したい」など、新聞紙上を賑わす事件に発展するのではと危惧する勢いなのである。彼らは入力情報を偏った見方で解釈し、偏った反応を示す。基底に発達の凸凹が存在していると考えられるケースが多い。タイムスリップ現象によって、嫌な体験が芋づる式に次々引き出されて集積し、その集積の上に表象として対人関係の原初的な幻滅であるいじめ体験が君臨しているようにみえる。その他のポジティブな思い出ははじめからなかったかのようにすっかり凌駕されてしまっているのである。こうした体験様式は不幸としか言いようがない。事実は不明だが、大概そのいじめのような体験は教師や親にうまく汲み取ってもらえなかったか、伝わっても納得いく対応がなされなかったと述懐される。子どもがいじめられていると言う時、事実関係がどうあれ、解決より何より、子どもを受け止め大丈夫であると保証することが大事であろう。そうすることで、後に不幸な体験様式が作動するのを減じることができるかもしれない。

 次の症例は、前の二つのケースと趣きが異なる。



症例C男(中学2年生) 

 幼児期に表情が乏しく言葉の遅れがあるということで、専門病院の発達外来で「自閉傾向あり」と指摘され、言語療法を三、四年受けた。就学に際して言葉も発達し知能的にも平均に届いたと言われ、通常学級へ入学した。しかし、場の状況や流れを察知することが苦手で、何事もワンテンポずれるため、教師や世話好きなクラスメイトから注意されることが再々だった。三年生になると、からかいやちょっかいを受けるようになり、泣いて帰宅することもあった。自信がないと見てとった母親は、C男に柔道を習わせることにした。C男は柔道が気に入り、稽古に熱心に取り組んだ。高学年になると頭角を現し、公式試合で上位に入るようになった。

 中学に入ると、他の小学校から来た特定の生徒たちに早くから目をつけられ、からかわれたり、パシリをさせられたりするようになった。その中学には柔道部がなく、やむなく陸上部に入部したのだが、そこでも上級生たちから馬鹿にされ、無視されるようになった。しかし、こうしたいじめについて、C男本人はいっさい誰にも話さなかった。そればかりか、C男の行動を不審に感じた教師からいろいろ尋ねられても見え透いた嘘ばかり返答するので、教師からも信用されなくなっていった。いじめの実態を知ったのは母親が最初だった。小学校が同じ子が見るに見かねてその親に打ち明け、C男の母親に情報がもたらされたのである。当初、学校は母親の話をまったく信じなかったようで、周辺の聞き取り調査をしてやっと事態を認め、謝罪したのである。C男は、具体的ないじめ事実について確認すれば認めるが、自分から話し出すことはなかったそうである。結局、C男の両親は転校を申し出た。C男が休日に通う柔道場の道場主に、柔道部のある学校へ移った方がいいと助言され、母親が積極的に教育委員会に掛け合って実現させたのである。

 二年生に進級時、C男は近隣の柔道部のある中学に転校した。何がある訳ではなかったが、転校先の養護教諭からの紹介で当院を受診した。紹介書には「デリケートな子なので、今後の指導について連携をお願いしたい」と記されていた。C男は本人は気づいていないが、とぼけた味のある子で、不器用でまっすぐ過ぎる芯を持っていた。いじめについて尋ねると、「あんまり言うと卑怯な気がした」と武道家然とした答えが返ってきて、これまでのことが腑に落ちた気がした。母親はC男のいじめ体験の傷つきを心配していたが、私には柔道部に入ってイキイキしているC男が頼もしく見えた。

 新しい中学、とりわけ柔道部では、C男の泰然とした自分の世界が顧問からも部員からも受け入れられ、その実力と相まって一目置かれる存在となったようである。

 C男にはいじめ体験があまり堪えていないように見えた。嫌なことは忘れる、覚えていないと語るがごとく、C男は根っからのポジティブ思考の持主であり、そうやって幼児期から自分を守るすべを身につけてきたのだろう。

 このケースでは、さらに別の要因が絡んでいた。初診時C男の泰然とした様子と母親の強い不安が奇妙なコントラストを形作っていたが、その違和感の理由は以後の診察の中で次第に明らかとなった。母親自身が、小学校から中学校にかけていじめを体験し、泣く泣く登校していたのだという。当時いじめから逃れるため別の学校に移ることを親に懇願していたが、転校は許されなかった。C男が中学に入っていじめられていると知った時、転校という二文字が真っ先に浮かんだという。遠い昔の自分とC男が重なって、昔の自分につき動かされるようにC男の処遇を決めていったのだと思われる。

 このように、親自身が学校時代いじめを経験しているというケースは珍しくはない。そんな時、いじめ状況の把握や学校の姿勢・対応をめぐって、自身のいじめ体験が投影されることが少なくない。妙に歪んだ理解の仕方をしたり、何でもないと思える一言に過剰な反応を示したりする。いじめをめぐって親とやりとりする際に、親自身のいじめ体験についても留意しておく必要がある。



 医療機関にできること 

 いじめ問題について、医療機関ができることは限られているかもしれない。そもそもいじめが理由で受診してくることはなく、子どもは学校不適応や集団不適応、あるいは身体症状を主訴にわれわれのもとに連れてこられる。そして、不適応の原因として、いじめやいじめのようなものが差し出されてくるわけである。いじめられていると訴える子どもの言い分を傾聴して、その思いを受け止め、安心できる環境を提供するというのがわれわれの最大の役目である。しかし、いじめ(のような)状況は、善悪二項対立のような単純なものではないので、その状況をできるだけ正確に把握するため、親や教師から十分な聴取を行う必要がある。私のクリニックでは、コーディネーターが場合によっては学校へ出向いて、担当教諭や養護教諭と面談し、学校内の微妙な空気感までも拾ってくる。子どもの言い分、親の言い分、学校の言い分はたいてい少しずつ食い違っていることが多く、ときには正反対だったりする。そのために親と学校が反目していることもある。この食い違いや乖離をどちらかにへんに加担することなくそのままの形で、言うならば立体的に、子どもや親、学校に示しながら、子どものために親や学校に出来ることを探っていくというのもわれわれの立場でできる重要な役目と考える。


    

 おわりに

  いじめには二つの側面がある。いじめられている側と、いじめている側である。前に述べたように、いじめられている子どもと、いじめている子どもの言い分が符合することはまれであり、事実関係は薮の中であることが多い。したがって、いじめられていると訴える子どもに出会うとき、私たちがまずなすべきことは、いじめ状況を解明することではない。子どものいじめられている気持を受け止め、子どもをそのまま受け入れることである。いじめられていると感じるとき、その軽重を推し量る余裕は子どもにはない。そんないじめの内にも入らないようなことで、などと言ってはいけない。「そうか、それで君はいじめられた気がしたんだね」と子どもの気持を受け止め、必要ならば時間をかけて誤解や曲解を解いたり、認知の修正を試みたりする。また、C男のケースで示したように、子どもと同様に親の気持にも配慮を要する場合がある。

 小学校低学年で、いじめ状況が分かりやすく見えるケースでも、いじめたとされる側が、いじめられたとされる側に謝罪すればすむというものでもない。多くはそんな形で処理されがちだが、いじめたとされた側の言い分もしっかり受け止めた上で謝罪という段階に進まないと、

後々タイムスリップ現象の種になる遺恨を残すことになるのである。

 杉山登志郎が提唱したタイムスリップ現象は、広汎性発達障害に見られる独自の記憶の病理とされるが、発達障害と診断のつかない軽い発達の凸凹を有する者にも広く認められる。いじめ問題を考えるとき、常にその現象の関与を念頭に置いておく必要がある。

2011年11月10日

愛知保険医新聞掲載

 

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“今どきの子ども事情”理解した支援を  ~豊橋子育てネット研修会~

協会東三河地区は、「豊橋子育てネットゆずり葉」の研修会に講師を派遣した。五月八日(日)豊橋市民文化会館で「子どものこころの発達とその支援」をテーマに大瀧和男氏(かずおメンタルクリニック)が講演した。二十五人が参加。

大瀧氏は、子どもの発達に伴う精神発達の流れを紹介し、「愛着」の形成と「認識・関係」「言語」の発達とは密接に関係があると指摘。そして愛着形成や仲間関係が種々の要因で不全であることが今日の子どもたちのこころの発達を考える際の特徴であるとした。

子どもに関わる時に考えることとして、「大人目線・大人の都合で見ないこと」「『良いところ』を理解すること」「成長は螺旋状だと認識すること」「『自分の理想化や押しつけではないか』と振り返ること」「今どきの子ども事情を理解すること=都市型の孤独、希薄な生活感・仲間意識、上昇志向の高い目標などによって個々に生まれもった特性(個性)を補うスキルが少なくなっている」をあげた。

そして、「子どものこころを育てるには、情愛を込めた身体的ケア自己肯定感の育成、親になることへの支援などが必要」と結んだ。

2011年06月03日

愛知保険医新聞 3月5日号掲載

「愛着障害」テーマに乳児院で講演


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協会東三河地区は豊橋ひかり乳児院から「愛着障害」についての講演依頼を受け、二月八日(木)午後二時から同院で講習会を行った。豊橋ひかり乳児院は家族の病気などさまざまな理由で家庭生活が困難な乳児から二歳までの保育・看護サービスを提供しており、職員約二十人が参加した。講師は豊橋市内で児童青年期の精神ケアに積極的に取り組む「かずおメンタルクリニック」院長の大瀧和男氏が務めた。

大瀧氏は、愛着のはじまりについて、愛着と精神の発達、子と親それぞれの愛着パターンについて説明した。次いで愛着障害の症状として行動・感情・思考・人間関係・身体に関する特徴を紹介し、最後に愛着障害の修復について説明された。

愛着障害の修復としては、本人には①愛情を込めた身体ケア、②自己肯定感の育成ケア、③能動的な意志を育むケアーーについて、親に対しては①親も安心できる場の提供、②親の親子関係を扱う、③親になることの援助ーーが大切であるとした。

参加者からは、「担当している幼児の症状と具合的な対応について」「親との関わり方」など乳児院職員としての専門的な質問が出され大瀧氏から丁寧なアドバイスがされた。

2007年03月15日

児童青年期におけるリストカットなどの行動化と自殺行動

1.リストカット

 子どもは、自分の思いを言葉で伝えることに慣れていない。そのため、思いは体を通して身体症状として、また行動の形で表現されることが多い。とくに思春期になると、衝動性の高まりとともに、行動で示される傾向はいっそう高まる。ここでは、思春期の子どもが示すアクティングアウト(行動化:acting out)として、自傷行為を取り上げ、さらに自殺の問題に言及する。自傷行為については、頻発するリストカット[1]を中心に述べる。
 1)リストカットの背景
 リストカットを中心とした自傷行為は、我が国では1970年代から思春期・青年期の女性に認められてきた。現代では、「リスカ」、「アムカ」(前腕~上腕部への自傷、アームカット)などと呼んで、中学・高校生の、特に女子の間では一種のファッションとでも言いたくなるほどの日常的な現象となっている。
 以前はリストカットと言えば、その名の通り、左手首(利き手が右の場合)に剃刀やカッターで切った2、3本の条痕をみることがふつうであった。しかし、最近の臨床現場では、前腕一面に薄く刻んだ何十本もの赤黒い筋を見せてきたり、自傷痕がスカートで隠れる大腿部やソックスで隠れる脛部、さらに胸部や腹部、頚部、顔面にまで及ぶ例もあり、自傷行為がこれまで以上にエスカレートしてきている印象がある。
 リストカットを行う背景として、これまでいくつかの病態が挙げられている。境界性人格障害[2]や演技性人格障害[3]、解離性障害[4]、摂食障害、統合失調症、気分障害、発達障害などである。しかし、最近のリストカットを行う若者は必ずしもこうした病態に収まらないことが多い。松本ら1)は、そうした若者は、慢性的で潜在的な自己愛の傷つきを体験しており、その回復のために刹那的に自傷を行っていると述べ、現代社会における肥大した自己愛の病理が背景にあることを指摘している。
 また、自傷を行う者は、自傷をしない者に比べて、親との幼少期の離別、学校でのいじめや孤立、性的・身体的虐待を体験していることが多いと指摘されている2)。

2)リストカットの意味
 リストカットに関しては、その動機や意味について今日までに様々な指摘がなされている3)4)5)6)。それらを整理すると、表1に示すように5つの要因にまとめることができる。

表1 リストカットの意味

1)解放的要因
a)苦痛からの解放
b)自我機能の回復

2)処罰的要因
a)他罰
b)自罰      

3)他者操作的要因      

4)否認・逃避的要因      

5)自己陶酔的要因

自傷行為に関する様々な研究が一様に指摘している自傷の動機としては、まず苦痛からの解放が挙げられる。苦痛とは、緊張、怒り、不安、抑うつ、空虚感などである。患者は、「血が流れていくのを見ると、スーッと力が抜けて楽になる」などと表現する。もう一つの解放は、自傷の痛みによって離人状態[5]や解離状態から自己の現実感を取り戻す、いわばリセットとしての意味をもつものである。患者は自傷行為を、「よく覚えていない、気がついたら血が出ていた」などと、当時解離状態にあったことを窺わせるような表現をすることがある。こうした場合、自傷を契機に行動や言動が以前と切り替わっていることがある。
処罰的な要因としては、相手を非難する他罰の方向と、自分を責める自罰の方向がある。親や友人と喧嘩して、相手への「あてつけ」で行うというものや、治療者に対する怒りの表現としてなされる場合もある。治療者の言葉や態度を冷たく感じ、次回の面接で自傷痕を見せる患者である。また、他者への怒りを自覚せず否認しているような患者の場合には、自傷を見せないことも多い。自罰の例としては、「自分は家族に迷惑をかけている悪い人間だ。こんなやついなくなればいいけど、でも死ぬのは怖い」から自傷したと語った女子中学生がいた。彼女は母親の期待に応えられない自分を強く否定していた。
他者操作的要因については、多くの研究者が、「他者の反応を威圧しコントロールする試みこそが、自傷者の対人関係における中心的な力動であることを指摘している」3)。自傷行為によって、他者の注意や関心を引きつけ、自分の望む反応を得ることになる。望む反応とは、救いややさしさのような保護的なものもあれば、怒りや非難のようなネガティブなものもある。境界例の患者の場合、嫌われたと感じると自傷して相手に見せ、嫌な顔をされれば、「やっぱり私のことが嫌いなんだ」と非難するといった、わざわざネガティブな反応を引き出すような行動をとることが多い。
否認・逃避というのは、自己の置かれている現実を否認し、そこから逃避しようとするものであり、自傷によって、「嫌なことが忘れられる」などと表現される。
自傷によって、陶酔感を得ている場合もある。「血がスーッと流れていくのを眺めるのが好き」と表現される時、非日常的な強い痛みや流血がある種の快感を与えているのである。こうした場合、自傷が嗜癖的になりやすく、長期にわたって続いていくことが多い。臨床の中で自傷行為を診るとき、これらの要因は、どれか一つというものではなく、いくつかが複合していることが多い。
 さて、意外に思われるかもしれないが、表に挙げた要因の中には、自殺の意図が含まれていない。自罰を除く要因はいずれも、むしろ死なないための方策という側面がある。しかし、リストカットを行う大半の若者は、日常的に空虚感や孤立感を抱いており、時折痛切に「死にたい」と願う人たちでもある。自傷行為がもはや何らの解決も与えなくなる状況に至れば、死へのあこがれが永遠の解決の幕を引く可能性もないわけではない。
 いずれにせよ、リストカットというアクティングアウトに直面したとき、その要因を考慮しつつ、何よりその行動を治療者や家族に向けられたサインと見たり、あるいは患者の生きるための適応努力と見ていく視点が必要である。



1.和製英語であり、正式にはwrist cutting。アムカもarm cuttingが正しい。
2.境界例ともいう。乳幼児期に基本的安全感・信頼感を獲得できず、見捨てられ不安をつねに抱える。心が不安定で感情の起伏は激しく、自己イメージも不適切なため、安定した人間関係や経験を築くことが困難である。人生に対して空虚感を抱きがちで、過度の飲酒・ギャンブル・衝動買い・過食といった自傷的な行動に走ってしまうことが多い。
3.自分に注意を引きつけようとする人格障害で、従来は、いわゆるヒステリー性格と呼ばれていたものである。自分が話題の中心になっていないと楽しくなく、外見に気をつかい、性的に誘惑的な行動が見られることが多い。また、情緒的には不安定で浅薄な特徴がある。
4.解離とは心に大きな負担がかかることによって、意識、記憶、同一性、知覚の統合が失われるような状態を指す。解離性障害は、受け入れることのできない強いストレスや心的外傷体験などが原因で、解離が極端に働いてしまう病気である。症状は、記憶喪失、多重人格、また突然、蒸発して後でその間の記憶がないなどである。
5.「自分の意識や自分の身体が現実感を失う」という自己現実感の喪失と、「外界の事物がそこに存在する実感がとぼしい」という非現実感がある。実際にはこの2つが重なっていることが多く、厳密には区別できない。自己感覚や外界を頭では理解しているが、現実的にピンと感じられないという状態である。


事例A 摂食障害 16歳女子
 A子は、3歳の頃精神状態の不安定な母親から虐待まがいの扱いを受け、祖父母に引き取られて幼児期を過ごした。小学校2年生でやっと親子3人で暮らせるようになったが、父母が共働きであまり構ってもらえなかった。体格がよく太っていたこともあり、学校でからかわれたり、いじめられたりするようになった。登校渋滞となり、5年生から不登校となった。父母の離婚に伴い、母親に引き取られたが、きちんとした養育がなされないことから、中学入学とともに情緒障害児短期治療施設[6](以下、情短)に入所した。中学3年になり、母親の再婚に伴って、母親と義父と同居した。その頃、ダイエットを始めたが、次第に過食・嘔吐へ移行していった。一日に2、3回過食しては嘔吐する日々が続いた。情短で慕ってくれた下級生から、その後も電話や手紙で頻繁に相談を受けていたが、その後輩たちに今の自分は恥ずかしくて顔向けできないとA子は思い、不安焦燥感が募った。こんなみじめな自分は生きている価値はない、死ぬしかないと思い立って、初めて左手首をカッターで切った。直ちにこれでは死ねないと悟ったが、みじめな自分を切ることで、気持が少し楽になる気がした、という。その後、頻回に手首や前腕外側を自傷するようになった。自傷に気づいた母親は最初は激しく罵っていたが、そのうち自傷について全く無視するようになった。自傷行為は、腕から大腿部に及び、さらに足背部に根性焼き(タバコの火を押しつける)を行ったりした。A子は高校1年のとき、自傷行為を止めたいという思いから自ら精神科クリニックを受診した。自傷をすることで自分の心のバランスをとってきたのだと述べた。
 このケースでは、初回の自傷については死のうと思い立って行われている。自傷行為は自殺の意図を含むことが少ないとはいうものの、初回についてはこのように死ねないかもしれないと薄々感じつつも死を決意して行う場合が多いように思われる。その後のリストカットは、まずみじめな自分を罰するという自罰的な意味や、気持が楽になるという苦痛からの解放の意味をもつようになる。また、みじめな自分を一瞬忘れ去るというふうに理解すれば、否認・逃避的なニュアンスもある。さらに、A子自身は気づいていないが、自分を見捨て続ける母親に対しての抗議の意味もあろうし、振り向いてほしいという母親への捨てきれない淡い期待も含まれていると考えられ、他罰的な要因や他者操作的要因も抽出できる。このように、実際にはいくつかの要因が複合的にみられることが多い。自傷行為というアクティングアウト全体を見渡すと、A子自身が述べているように、つらい過去や、支えのない現実と出口の見えない不安を抱えた心のバランスをとるという、生きるための適応努力と見なせるのである。


6.情緒障害児短期治療施設は、軽度の情緒障害を有する児童を短期間入所させ、又は保護者の下から通わせて、その情緒障害を治すことを目的とする施設。



事例B 広汎性発達障害[7] 14歳女子
B子は乳幼児期より多動傾向、言語発達の遅れなどが認められていた。小学校時代、集団行動が苦手で、自分の思い通りに事が運ばないとしばしばかんしゃくを起こした。中学に進むと、みんなの目が気になるといって登校を嫌がり、自宅にひきこもるようになった。何か気に入らないことがあると、物に当たったり、母親を叩いたりするような衝動行為がみられた。精神科クリニックを受診し、B子は併設の精神科デイケアに通うようになった。
 ある日デイケアで、境界例の女性患者がリストカットしたばかりの手首の傷をスタッフに見せていた。通りがかりのB子が後ろから覗き込んで、その傷を目撃した。とたんにB子は大きな声をあげて叫び、たまたまテーブルの上に置かれていた工作用のハサミを取って、自分の手首を傷つけ始めた。
 このケースのリストカットは、これまで述べてきた諸要因には当てはまらないものかもしれない。「血のにじんだ傷を見たとたん、何が何だか分からなくなって、傷つけてしまった」とB子は述べているが、パニック(解離とおぼしき状態)の中で生じた衝動行為である。発達障害の子どもの場合、こうした突発的な自傷行為をしばしば行うが、通常は鬱積したフラストレーションの解放や何らかの不快感の表明といった意味づけがなされている。しかし、この場合の自傷はそうしたものとも違っている。あるいは、反響動作[8]が出現したとも考えられる。B子にとってはこれが初回のリストカットであったが、以後しばしば繰り返されるようになった。しかし、その後の自傷は、両親やデイケアメンバーとの間に生じる欲求不満や不快感を原因とするもの(開放的要因や他罰的要因)であり、多分に他者の目を意識し、気を引くようなニュアンスが加わっていた(他者操作的要因)。この時期、前出の境界例患者のほか、自傷を行う思春期例がデイケアに複数おり、B子の自傷は明らかにそれらのメンバーからの影響を受け、伝染したものであった。単なる衝動行為としての自傷が、スタッフやメンバーに関係性を求めようとする示威行為に変化したと捉えることができる。
 広汎性発達障害に伴う自傷の背景に、時折タイムスリップ現象[9]の存在が確認できることがある。すなわち、ふと蘇った嫌な記憶に苛まれ、圧倒され、その苦痛からの解放として自傷が現れるのである。

3)自殺行動
 思春期の自殺は、近年我が国では年間500~600人と他の年齢に比べて必ずしも多いものではない。しかし、厚生労働省の年齢別死因順位(平成15年)によると、自殺が10歳~14歳では第3位、15歳~19歳では第2位と上位を占めており、見過ごせない問題である。これまで述べてきたように、自傷行為と自殺とは方向性のちがうアクティングアウトであるが、いずれもその根底には死にたいという思いが存在するのである。子どもの自殺行為について重症度のスペクトラムという視点7)から、以下の4段階に分けて論じる。
a) 希死念慮
 思春期の子どもにとって、死にたいという気持になることは珍しいことではない。臨床的に重要なのは、その考えが語られる状況である。誰に語るにせよ、死にたくなる気持を理解して受け止めてほしいと願っているのである。 
b) 自殺のほのめかし
 自殺をする意思を匂わせ、他者の注意を向けさせる言動や行動である。自傷行為でいうと、他者操作的要因に属するものである。その他、自殺マニュアル本の購入や薬のためこみなどの自殺準備の行動や、家からの飛び出し、包丁の取り出しなどがよくみられる。   
c) 自殺企図(未遂)
 薬の大量服薬「OD」(overdose)がよくみられる。薬としては、鎮痛薬や風邪薬、睡眠導入薬などの向精神薬が使用される。最近では未遂を前提とした自傷行為的な行動も多く、ほのめかしの色彩が濃い。その他、高所からの飛び降り、入水自殺などがある。繰り返す企図、異常な方法による企図、および医学的に深刻な企図は将来の自殺企図の予兆になりうると指摘されている7)。  d) 自殺(既遂)
 厚生労働省の手段別にみた自殺(平成15年)をみると、各年齢階級で縊死が最も多く、十代でも男子58.4%、女子43.4%となっている。十代の自殺の特徴は、飛び降りや飛び込みの比率が高いことである。ほとんどの思春期の自殺は衝動的であるということと符合する内容である。高橋8)は、表2に挙げたような因子を数多く認める場合には、自殺の危険が高いと判断すべきであると述べている。


     表2 青少年の自殺における危険因子

    ・自殺未遂歴 
    ・精神疾患の既往(うつ病、統合失調症、適応障害など)
    ・薬物乱用(シンナー、アルコール、覚醒剤、睡眠薬など)
    ・身体的なハンディキャップ
    ・性格面での特徴(低い自尊心、完全癖、反社会的傾向など)
    ・精神的外傷体験、喪失体験
    ・社会的孤立
    ・家庭内の問題A
    ・家族や友人の死(とくに事故死や自殺)B
    ・事故傾性C
    (文献8)に基づき作成)
     A 親の離婚・病気・犯罪行為、性的・肉体的虐待、躾に対する両親の態度の極端な不一致など。
     B とくに青少年では、重要な関係にあった人の自殺や事故死が他者の自殺を引き 起こす危険(群発自殺)が高い。
     C 本来なら防げるはずの事故を繰り返したり、医学的な助言を無視したり、あえて危険行為に及ぶといった傾向。



7.対人関係・コミュニケーション等の質的異常や、常同反復的である行動パターンの三つの領域に障害があることで特徴づけられる発達障害で、中心はいわゆる自閉症である。近年、自閉症以外にも、自閉症類似の社会性の障害をもつ子ども(アスペルガ?症候群や高機能自閉症)が存在することが明らかになっており、これらを含めて「広汎性発達障害」と呼ぶ。なお、「高機能」とは知的発達に遅れがないことを意味する。
8.相手の動作を無意味・無目的にそのままオウム返しに真似することをいう。統合失調症や自閉症でみられる。
9.広汎性発達障害の子どもは、強い感情(特に不快な陰性感情)と結びついた出来事に対する記憶力がよく、それと似たようなことを体験すると瞬時に過去の場面のフラッシュバックが生じる現象をいう。現実と混同してパニックを起こす原因となる。


2.看護の役割─自傷行為への対処を中心に

 自傷行動が明らかになったとき、まず患者を責めるべきではない。そこに至った要因に思いを馳せつつ、またその行為に何らかのサインや適応努力として意味がないかを踏まえつつ冷静に対処する必要がある。行為そのものに注意を向け、一喜一憂する形になると、ますます自傷がエスカレートして、治療者・看護者は振り回され、患者に対する強い陰性感情が生じてしまう。一方、自傷をまるで無視すると、自分の存在を全否定されたと思い込んで、強い希死念慮が生まれる可能性がある。牛島9)は、なぜ自傷したかを問うよりも、自傷後の気持を聞くように勧めている。緊張の解放とともに、罪責感や無力感などが語られるが、そこで自身の気持を自覚し認知させることが大切である、という。自傷を押さえられるのは結局のところ患者自身の力である。筆者は、患者の中に存在する、自傷によらない解決法を摸索しようとする気持を汲み取りつつ、自傷によってさらに自分の心を傷つけてしまうのだから、何とか止めようと伝えるようにしている。
 家族に対しても、働きかけが必要である。治療者・看護者以上に、患者を責めたり、あるいは逆に極端な無視をしたりしやすいので、自傷行為の成り立ちや要因について説明しておくべきである。また、子どもの自傷に気づいたら、腹を括って、責めるのではなくそこに至る気持を聞く姿勢をもつこと、その上で、自分としては止めてほしいという思いを明確に伝えるように助言しておく。




参考文献
1)松本康宏,水俣健一.自傷と地域医療. 川谷大治編.現代のエスプリ「自傷」.至文堂;2004.p.166-176.
2)Matsumoto,T,Yamaguchi,A,Chibo,Y et al. Patterns of self-cutting: A preliminarystudy on differences in clinical implications between wrist- and arm-cutting using a Japanese juvenile detention centre sample. Psychiatry and ClinicalNeurosciences 2004; Vol 58(4):377-382.
3)B.W.Walsh,P.M.Rosen.Self-mutlilation:theory,research,and treatment.The Guilford Press;1988.(松本俊彦、山口亜希子訳:自傷行為 実証的研究と治療指針.金剛出版,2005)
4)安岡誉.自傷・自殺と人格障害.成田善弘編.現代のエスプリ別冊「人格障害」. 至文堂;1997.p.204-212
5)柏田勉.Wrist Cutting Syndromeのイメージ論的考察:23症例の動機を構成する3要因の検討.精神神経学雑誌1988;90:469-496.
6)市田勝,木村宏之.境界例と自傷. 川谷大治編.現代のエスプリ「自傷」.至文堂; 2004.p.73-84.
7)笠原麻里.児童思春期の自殺.樋口輝彦編.自殺企図 その病理と予防・管理.永井書店;2003.p.9-18.
8)高橋祥友.青少年の自殺.こころの科学. 1995;62:p2-8.
9)牛島定信.リストカットの理解と扱い方. 川谷大治編.現代のエスプリ「自傷」.至文堂;2004.p.5-28.

2006年11月02日

思春期青年期の食行動異常

1.摂食障害とは

 思春期における食行動の異常といえば、拒食と過食である。例えば、ダイエットややけ食いの延長上で、そうした状態が定着すると、摂食障害(Eating disorder)と呼ばれる病態となる。むろん、ダイエットだけが原因ではなく、その理由や背景はさまざまである。現代のようにダイエットブームではない19世紀にも「摂食障害」の症例は存在したのである。この障害は、米国精神医学会の精神疾患の診断統計マニュアル(DSM-Ⅳ-TR)では、表1に示したように3つ(下位分類を含めると5つ)に分類されている。臨床的に重要なのは、拒食症(無食欲症)と過食症(大食症)である。筆者が精神科医となった1980年代半ばには、拒食症と過食症の割合は拮抗していたが、近年では圧倒的に過食症の割合が増加(拒食症の約2倍)した。また、患者数は最近の20年間で約10倍に増加したともいわれ、社会問題化してきている。男子は少なく(5%以下)、診療に訪れるのはほとんど女子である。

 表1 摂食障害の分類(DSM-Ⅳ-TR)

1.神経性無食欲症(Anorexia nervosa)
1)制限型(Restricting type)
2)むちゃ喰い/排出型(Binge eating/Purging type)
2.神経性大食症(Bulimia nervosa)
1)排出型(Purging type)
2)非排出型(Non-purging type)
3.特定不能の摂食障害(Eating disorder not otherwise specified)                        

 拒食症は、標準体重の85%以下のやせがつづいて、無月経が起こってくる。心労などによる食欲不振とは異なり、いくつかの病的な特徴が認められる。約半数の患者がダイエットをきっかけにやせていくが、目標体重を過ぎても、体重をさらに減らすことにこだわりつづける(やせ願望)。自分のやせを認めようとはせず(否認)、むしろ太っているとさえ考えている(身体イメージの歪み)。ダイエットの有無にかかわらず、体重増加を極端に怖がり(肥満恐怖)、食事そのものを嫌悪するようになる。その一方で、飢餓の反動により、料理や食物に強い関心を向け執着するといった矛盾がみられる。また、やせているにもかかわらず、何かしていないと落ち着かない様子で勉強や運動に熱中する(過活動)。しかし、長続きせず徐々に対人関係が疎遠となり、活動は停滞する。表1に挙げたように拒食症には、少食によってやせを維持する制限型と、飢餓の反動で過食するようになり、やせを維持するために排出行動(1)を行うむちゃ食い/排出型がある。
 過食症は、短時間に大量の食物を衝動的に食べる発作を繰り返す病態である。いったんむちゃ喰いがはじまると、自分の抑制が利かず食べることが止められない。何千キロカロリーもの食品を、しかも日頃は敬遠しがちな甘く脂っこい食品を短時間で食べ尽くしてしまう。過食後は後悔や自責の念にさいなまれ、居たたまれない気分に陥る。ここで排出行動をとるか否かで排出型と非排出型に分けられる。体重は標準体重の85%以上である。
 拒食と過食は一見まったく反対方向の行動と映るが、時期によって拒食から過食へ(あるいは逆へ)変化したり、また制限型からむちゃ喰い/排出型へ移行したりすることが多い。また、やせ願望や太ることへの異常なまでの恐怖心が共通して根底にあり、片や空腹感が分からず、片や満腹感が分からずという、食をめぐって表裏一体の関係にある。



(1).自己誘発性の嘔吐または下剤、利尿剤や浣腸の乱用によって、内容物を速やかに体外に排出しようとする行動。英語では‘purging’といい、浄化・浄罪を意味するとともに、下剤をかけるという意味がある。


2. 摂食障害における心身の特徴

1)身体的な特徴

 摂食障害によって生じることの多い身体症状を表2に掲げた。拒食症の身体症状は栄養失調に基づくものである。体重減少が進むと、脱水や電解質異常が生じ、不整脈が出現しやすくなる。さらに進むと、腎機能低下や心機能低下をきたし、死に至ることもある。これらの症状は体重が戻るとともに改善を示すが、成長期に栄養不良がつづいた場合、低身長となることがある。過食症の場合、体重が正常範囲にあり栄養状態に問題がないため、異常を認めないことが多い。しかし、排出行動が長期にわたると、電解質が失われ、体液のバランスを崩したり、腎機能や心機能の低下をきたすことがある。また、過食・嘔吐が続くケースでは、拒食症の場合でも、唾液腺(耳下腺・顎下腺)の腫脹、歯牙酸蝕症(2)、齲歯、吐きダコ(3)がみられる。骨の輪郭が浮き出るほどのやせでも、唾液腺の腫脹によってエラが張った特有の顔貌を呈する。



(2).歯のエナメル質表面の脱灰症。通常はメッキ工場などの酸性蒸気を吸う職場環境などで働く人の職業病として認識されているが、摂食障害者の場合、頻繁な嘔吐によって逆流した胃酸が歯牙を溶かす。
(3).のどに指を入れて吐くため、歯の当たる右手背の第1指、第2指の付け根に胼胝が認められることが多い。

表2 摂食障害による身体症状
拒食症
身体所見:低血圧、徐脈、冷え性、低体温、皮膚の乾燥、うぶ毛の増加
       便秘、浮腫、カロチン症(皮膚の黄染)、抜け毛等
血液検査所見:肝機能障害、白血球減少、貧血、コレステロール値異常
          電解質異常(低ナトリウム、低カリウム血症)など
内分泌異常:無月経(女性ホルモン低下)、低身長(成長ホルモン低下)
重篤な障害:低血糖性昏睡、脱水、腎不全、不整脈、心不全、骨粗鬆症、結核の合併など

過食症
身体所見:唾液腺の腫脹、歯牙酸蝕症、齲歯、吐きダコなど
血液検査所見:電解質異常、腎機能障害など



2)心理的な特徴

 先に述べたように、拒食と過食は表裏一体の関係にあるので、合わせて述べるのが適切と思われるが、ここでは理解しやすいように両者を分けて述べることにする。

 a)拒食の意味と利点
 摂食障害は、まず拒食からはじまると考えてよい。20年以上前には、胃の調子が悪いとか、食べると気持悪くなるといった理由で無食欲(anorexia)を訴える患者が多かった。実はこの形が拒食症の古典的な原型である。今日ではあまり見かけなくなり、わずかに小学生までの発症ケースでみられる。このタイプでは、「成熟に対する拒否」(4)、「幼児期へのあこがれ」といった心理機制が指摘されている。
 今日多いのは、前述したようにダイエットをきっかけに拒食に至るケースである。減量をめざした理由を患者に尋ねると、体形について知人や級友から何か指摘されたとか、美しくなりたい、俊敏になりたいとかいった答えが返ってくる。これらはいずれも他者の評価を意識するものであり、自分の存在感を集団の中で、また自分自身の中で高めたいという願いにほかならない。彼女らはなにゆえに自己存在感を求めるのか。拒食に向かう背景として、挫折や敗北体験が挙げられる。勉強、部活動、友人関係などで自分の優位性を保てないと感じる体験を経て、拒食に至る。彼女たちは元来強迫的で、完全主義的な性格の持ち主であるとともに、自己愛的な高い達成欲求をもつ人々である。そのような人間にとって、挫折や敗北は耐えがたい体験である。下坂1)は、拒食の意味を「自己存在の証し」と指摘し、「挫折体験を希薄化させると同時に、自己をコントロールすることができるという力感・達成感と身体的な存在感覚の強化とに裏打ちされた『かりそめの自分らしさ』の樹立」であると述べている。彼女たちは、絶えず食品のカロリーをチェックし、日に何度も体重計に乗り、鏡でやせ具合を確認する。食べると太るという強い信念(肥満恐怖)があり、飢餓感を押さえこみ、自己を統制することに全身全霊を傾けている。身体を賭けた自己存在の証明である。やせを達成していく自分に自己存在感を感じて、自己愛的な満足を得ているのである。彼女たちの自己愛は、人並みであることを嫌悪し、人とは違っていたいという心性(「平凡恐怖」2))にも反映している。度を超したやせという現実を受け入れず、躁的防衛(5)で「大丈夫」と言い張り、過剰適応的に行動する。また、拒食をめぐって家族の関心を一身に集め、家族の中で確実に存在感が増大してくる。やせ衰えた身体の持主ということで役割や責任が大幅に免除され、手厚く配慮されることになる。家族を巻き込み、親を思い通りに操ることができるのである。こうした意味や利点を持つ症状を彼女たちは簡単に手放すことはできない。



(4).体の成熟や女性性を嫌悪したり拒否したりする心性をさすが、フェニミズムの文脈では、摂食障害を女らしさの文化規定から逃れて、女性が自分自身の自律性を保つための行為と規定している。
(5). 抑うつ的不安,罪悪感,そして喪失感から自我を保護するために、その現実を否認し、現実を万能的に解釈しようとする心的機制。



事例A 中学生女子 13歳
 A子は幼児期よりしっかりしていて、手のかからない子であった。小学校では教師から色々な場面で模範的であると評価されていた。中学に入学し、バスケットボール部に入部した。少しぽっちゃりした体形であったが、部活の上級生から「もう少しすばやく動けない?」と注意されたのをきっかけにA子はダイエットを決心した。みるみる体重は減ったが、イライラして怒りっぽくなった。母親の作る食事に難癖をつけ、調理方法に口出しするようになった。また、自分の食事(ご飯2口に野菜の煮物少々)を秤にかけて重さを測り、その数値を母親に確認させたり、母親や弟の食事に口をはさみ、あれとこれを食べろと指示したりするようになった。標準体重の-25%程度になっても、部活の早朝練習に率先して参加したり、学習塾へも積極的に通った。両親に説得される形で、やっとのことでクリニックを受診した。A子は最初困ることはないと言い切った。身体について聞いていくと、ガリガリの体を指して下腹と太股がまだ太いと述べた。そのうち、太ることがこわいと語り、次第に少し疲れやすいと告白した。
 この後、A子は回復に向かっていくが、その過程で、「やせていたい自分」と「健康になりたい自分」が彼女の心の中で常に闘っていた。最初は圧倒的にやせを求める自分が大きかったが、徐々に健康を求める自分が育っていった。A子はしばしば回復の不安を語り、抑うつ的となった。回復すると、みんなが離れてしまう、見捨てられてしまうといった自立をめぐる不安である。回復してもなお家族や治療スタッフから支援されるということが信じられるようになると、健康を求める自分が大きくなっていった。
 b)過食の意味と利点
 過食は、拒食の挫折であり、拒食で押さえこんでいた飢餓感の猛烈な解放である。食べることの自己コントロールを手放したが、自分の中にあふれる不安や緊張を刹那的に過食が緩和してくれることを知るのである。また、強い肥満恐怖に応えるように、自己誘発性の嘔吐や下剤の乱用が過食による体重増加を抑制し、拒食の代替となって機能するようになる。過食・嘔吐や下剤の乱用は、口腔から咽頭、食道、胃、大腸、肛門に至る身体感覚を増大させ、自己存在感を高めるのである。すなわち、過食もまた、拒食と同様に、身体を賭けた自己存在の証明という意味がある。さらに、過食から嘔吐に至る一連の行為が強烈なストレス解消法であるとともに、麻薬のような密やかな快楽となっているのである。




事例B子 高校生女子 17歳
 B子は元来負けず嫌いで、勝ち気な性格であった。女子高に入学後、ダイエットをきっかけに拒食となったが、すぐに過食に転じた。毎夜、夕食を普通に食べた後、余っているご飯やおかずを平らげ、さらに冷凍庫のピザやグラタンを温めて食べ、最後に学校帰りに買っておいた菓子パンを何個か詰めこむのである。B子は、食べている間は無心になれる、何も考えなくていいしホッとできると言う。しかし、いよいよ食べ尽くす頃になると、やるせない気分がみるみる胸いっぱいにこみあげてくる。急いで、B子は風呂に入る。彼女の場合、風呂場のシャワーで音を消して、思う存分ビニールのゴミ袋に吐き出すのである。トイレでは家族に怪しまれるし、またどれだけ吐けたのか確認がしにくいと言うのである。思った通りに吐けたときにはスッキリするし、「よし!」という気になるのだと言う。じつは、B子は授業中に、夜の過食に備えて何を帰りに買っていこうかとウキウキした気分で思い描いていると告白した。しかし、B子は急にどうにも切ない気分が襲ってきて、何もかもが嫌になって死にたくなることがあるとも語った。
 このように、過食・嘔吐には秘事を愉しむ気配が強い。これは性的なニュアンスを含むものであり、口腔を通した自慰行為と捉える見方もある。一方で、先に述べたように、過食が拒食を貫き通そうとした意思の挫折であるため、抑うつ感や絶望感をもつことが多い。拒食では徹底されていた自己規律(強迫のしばり)が保てなくなり、心のあちこちにゆるみの出た状態である。そのため、衝動の抑制が利かず、自傷行為や大量服薬といった行動化や性的な行動化をしばしば認める。
 さて、B子の場合も治療経過の中で、「治りたい自分」と「治りたくない自分」が心の中にあることが明らかとなった。治りたくない自分は圧倒的に大きく、刺激的なストレス解消法を失いたくないし、密やかな快楽を捨て去れないと言うのである。一方、治りたい自分は最初のうち観念的で頼りない存在であった。治りたい自分が日常の何げない問題に向き合って処理できたりするようになるにつれ、わずかずつ存在感を増していった。長い治療経過の中で、紆余曲折を経ながら、治りたい自分が自信をつけてふくらみ、B子の過食・嘔吐の回数は減りつづけて、人間関係の大幅な改善がみられた。


3.看護の役割

 摂食障害の者たちは、これまで述べてきたように、家族の中であるいは学校の中で、身体を賭けて自己存在感を強く求めている人たちである。裏を返すと、摂食障害を発症するまでの間に、自分という存在に確かな手応えを感じていなかったということになる。こんなふうな自分を、家族や友人たち、まわりの人間が抱えてくれていて、それでいいよと保証してくれているといった安心感がないのである。彼女たちは、人を信じることができず、甘えることの下手な人たちである。治療に関わる際には、この甘えをめぐる問題が生じてくることに留意しておく必要がある。もう一つの留意点は、彼女たちの心の中に、「治りたい自分」と「治りたくない自分」が存在しているということである。治したいと宣言して入院したものの、病棟内でやることは治りたくないような行動ばかりという事態が往々にして起こる。そのとき、問題行動ばかりに目を向けて対応すると理解し合える機会を失ってしまう。彼女たちは人を信じられないが、心の底では人を信じたいのである。誰にも分かりっこないと思いながら、分かってほしいのである。治りたいが、治りたくないという矛盾した気持をその都度汲みながら寄り添っていくと、次第に彼女たちは心を開くようになる。治療者や看護者に対して表面的に取りつくろっていた患者が、ときには従順なまでの素直さを垣間見せる。ときには退行が進み、特定の看護者を独占しようとしたり、逆に反発して悪態をついたりするようになる。これが甘えをめぐる問題である。彼女たちは、抱えられた環境の中で、子ども返りをし、昔できなかった依存と攻撃という甘えの原点を繰り返しなぞるのである。そうやって、彼女たちは育ち直しをしていく。身体を張った仰々しい訴えではなく、少し控えめな、しかし実感のこもった(当たり前の)気持を口にするようになる。

 このように、治療スタッフの役割は、抱える環境を提供し、「治りたい自分」のサポーターとなって、その成長を見守ることである。また、治ってしまうと家族が離れていくという不安をもちやすいので、家族や周囲に働きかけて、変わらぬサポーターでありつづけることを保証してもらう。さらに付け加えると、「治りたくない自分」が過去の傷に基づくものであるとすれば、それを捨て去ることへのつらさや寂しさに共感しつつ、「治りたくない自分」の後姿をともに見送る役目もある。


参考文献

1)下坂幸三. 摂食障害の治療指針. 摂食障害治療のこつ. 金剛出版;2001. p.9-14.
2)下坂幸三. 摂食障害―その現象と対策―. 摂食障害治療のこつ. 金剛出版;2001.p.30-49.
2006年09月18日

大人の軽度発達障害

*以下の文章において、現在の当院の診療状況とは異なる内容が含まれております。現在は、20歳以上の方の初診を受け付けておりませんので、ご了解ください。



児童思春期を中心に診療と看板を掲げていても、当クリニックを訪れる半数以上の方々は大人です。「うつ」、「パニック」、「不眠」、「無気力」、「ひきこもり」などといった問題を抱えておいでです。そのうち、「(躁)うつ病」、「パニック障害」、「社会不安障害」「強迫性障害」といった診断で、他の施設で治療を受けてきた方がおられます。
1年、2年通ったがあんまりよくならないというのが、当クリニックへの受診動機です。
こうした方々のほとんどが、じつは背後に軽度発達障害を抱えておられると診立てています。現在の精神医療(特に、薬物療法)のレベルからして、1~2年治療を継続すると、曲がりなりにも上向いてくるものです。しかし、あまり改善が見られないとすれば少し特殊な場合ということになります。ですから、他施設から来られる方の場合、念入りに幼児期や学校時代の様子を伺い、特殊性を探っていきます。
すると、いくつかの類似点がその方々から抽出できます。

(1)マイペース
人目を気にしたり、あれこれ人間関係で気をもんだり、人前に出て行けないと言ったりする割に、意外に思い切ったことを述べたり、自分でそそくさと行動してしまうところがある。小さい頃から、マイペースな子と言われていた。集団行動が苦手。

(2)場の状況が読めない
他人を意識する割に、相手が何を考えているか、その雰囲気を読めず、深読みして被害的に受け取ってしまいがち。

(3)こだわりの強さ
考えや物に関して妙なこだわりを持っている。物事の順序、スケジュールなど
これはこうでないとといった頑固なこだわりがある。

(4)タイムスリップ現象
過去の、とりわけよくない体験について鮮明な記憶があり、不意にあるいは何かに触発され急激に脳裏に去来する。遠い記憶がまるでビデオ再生を観るかのごとく鮮やかなためその当時の嫌な感情をあたかもタイムスリップしたかのようになまなましく再体験してしまう。



こうした特殊な類似点は、じつはアスペルガー障害などの軽度発達障害の特徴に合致するものです。その他、すぐにキレる、片付けられない、人の話が聞けないといった特徴を持つ人もいます。こうした方々の多くは学校レベルまではあまり問題となることはなく青年期以降に問題が表面化したので、大人を専門とする治療者では発達の障害を疑うことはまずないでしょう。軽度発達障害のにおいを嗅ぎ分けるのは、児童精神医学を専門とする者でないと少しむずかしいかもしれません。
このように、背後に軽度発達障害の存在が疑われる場合、自ずとアプローチの仕方が変わってきます。その方の特殊性、独自性に焦点を当てながら、独自の生き方を一緒に考えていくことになります。

ある日、ふとその日の予約の入っている患者さんを数えてみたのですが、私が診察する方とカウンセラーたちが受け持つ方、大人と子どもを合わせた総数の約半分が軽度発達障害を背景に持つ患者さんでした。軽度発達障害というものが、子どものみならず大人でも思いのほかに多いことがお分かりいただけると思います。
2005年05月19日

不登校-悩む心、抱える心 

1.精神発達の流れ
2.不登校のあれこれ~不登校の意味するもの~
3.不登校の経過と症状
4.親にとっての「不登校」の意味
5.親のかかわり方、心構え

1.精神発達の流れ

母子共生の時期→
0~3ヶ月
母子二者関係→
~一歳半
父母子三者関係3歳~         →集団との接触~5歳 集団との関係→
~小学校
自立への試行→
中学校高校生~
基本的信頼安心感 自己と他者の認識 エディプス期 自我確立準備期 自我同一性
確立期
抱っこ・授乳
おむつ・微笑返し
離乳・脱おむつ
始歩・言葉
父母への挑戦
父母への取り入れ
他者との共生
競合

成功と失敗の体験
集団の中の自分
自分とは何か
性的めざめ
(異性)
  第一次 反抗期 第二次 反抗期

発達の進み方

子どもとは、、、。   保護されるべき存在であり
             独立していくべき存在であります
そこに生まれながらに持つ矛盾があります
発達はこの両極を揺れ動きながら、その時々の発達課題を乗り越えながらやがて「自立」へと展開していきます。

前の課題 →発達課題→ 次の課題
退行    ←      →自信・反抗
<分離不安・自立不安>         <競争心・向上心>

 

2.不登校のあれこれ~不登校の意味するもの~

(1)不登校とは
社会レベル(集団的人間関係の課題)からの一時的な撤退、退却
「これ以上は無理」-そうした対処や選択ができるだけまだ健全と考えられる。
→統合失調症や摂食障害などでは「懸命に」登校してしまう姿をよく認める

(2)不登校の類型

社会恐怖型 乳幼児期より手がかからず、大人しく自己主張はせずに後追いタイプの交流~自己の形成不十分で、家庭レベルで再度自己形成が必要
息切れ型 乳幼児期よりまじめで優等生的評価を受けてきた子が急に失速~期待される自己と内面的な自己の葛藤~自分探しの休養が必要
自己中心型 乳幼児期より利発早熟で、他児より一歩リードし、勝気で強気な交流~対人関係での傷つき経験不足から、自己が肥大化しており、適当な集団での修練が必要
現実逃避型 乳幼児期より手をかけて育てられ、転ばぬように配慮されてきたか、あるいは乳幼児期から手をかけられずに育ち、あまり期待されずに成長した~自分に自信がなく、きつい現実が眼前にくると、逃避してしまう~他人をどれだけ信じられるかにより、家庭レベルから集団レベルの育ち直しや修練が必要
老成型 乳幼児期より、知的には高くマイペースで、同年代の交流を余り好まない(分裂気質的)~学校・登校に疑問を持ち、マイペースな人生を主張
怠学型 無気力型・非行型

3.不登校の経過と症状

(1)心気症的時期 身体症状: 疼痛:頭痛、腹痛
消化器: 嘔気・嘔吐、食欲低下、下痢
全身: 気分不快、倦怠感、疲労感、発熱
その他: めまい、咳(喘息発作)、肥満
(2)不登校顕在期 問題行動: 不登校、生活の乱れ
(3)攻撃的時期 問題行動: 乱暴な言動、他罰的言動、暴力
孤食傾向
精神症状: 不安、焦燥、敏感、抑うつ
(4)内閉的時期 問題行動: 昼夜逆転、引きこもり、無為、無気力
精神症状: 敏感、抑うつ、被害的思考、強迫傾向

 

4、親にとっての「不登校」の意味

(1)家族のライフサイクル

原家族
男の子→男性⇒
夫婦 父親⇒夫⇒夫婦に戻る
母親⇒妻⇒夫婦に戻る
男の子・女の子⇒男性・女性⇒新家族を作る

原家族
女の子→女性⇒

(2)「不登校」を前にした親の不安と混乱~そして再生

a、 育て方の失敗?-「親失格」?の不安と絶望

b、 自分自身の親と自分との関係の問い直し(自分の思春期の再現)

c、 「不登校」の意味を受け入れるまで

d、 親としての役割、力量を試す機会

e、 社会の矛盾、人生や幸せについて、考え直す機会

 

5、親のかかわり方、心構え

(1)子どもの性格特徴や発達状況(弱点)を十分に把握する
  ~好ましいと思われる性格が実は弱点を隠す為に突出していることがある

(2)親としてこれまでどのような考えを持って子どもに接してきたかを振り返ってみる
  ~子どもの性格や発達状況に見合っているか冷静に見直してみる

(3)自分自身と親の関係を見つめ直す
  ~親自身の親子関係が、子どもの養育に大きな影響を及ぼしていることが多い

(4)「親」であることを覚悟し、一貫性を保つように努める
  ~一貫性を保つためには、「夫婦連合」を強固にする

(5)「子ども」は子ども、「親」は親
  ~愉しみや生き甲斐を探す。いきいきと生きている後姿。また親としての愚痴を吐き出せる場所を確保する

(6)「こうあってほしい」(希望)、「こうあらねばならない」(建前)から、できるだけ自由になる
  ~「生きていれば何とかなる」という楽観論は、どんな状況でも子どもを支える

(7)子どもの状況を理解したら、徹底的に(あきらめて)信じる
  ~信じられることは「信じられる」と伝え、信じられないことは「信じられない」と伝える

(8)歯痒さに耐え、「待つ」姿勢で腹を括る
  ~今現在ではなく、5年、10年先を思い浮かべてみると、少しゆとりが持てる

2005年03月31日

変わった子ども

「変わった子」と言うと語弊がありますが、その印象はやはり一風変わっています。私のクリニックを訪れる子どもたちの約半数は、「変わった子」、すなわち「発達障害」という範疇に属する子どもです。近々国会で「発達障害支援法」が成立するといった報道がなされているので、この言葉をどこかで耳にしたことのある方も結構いらっしゃるのではないでしょうか。発達障害は近年大幅に増加していると言われていますが、実はこのところ大人の発達障害もクリニックに来られます。うつ病や適応障害、統合失調症などと診断されて治療を受けてきた方々です。今回はこの「発達障害」について、頻度の高い二つの障害をお話します。



注意欠陥/多動性障害(AD/HD)

ヒロシ君は小学校三年生です。授業中、じっと席に着いていられなくて、立ったり座ったり、後ろの友だちにチョッカイを出したりの毎日です。先生の注意も五分もてばいい方です。このところ、友だちから「お前うるさい」と、仲間に入れてもらえないようなエピソードが続いたので、心配した両親とクリニックを訪ねてきました。ヒロシ君が診察室の椅子に座っていられたのはほんの十秒。立ち上がって、私に可愛い笑顔で「いい?」と尋ねながら診察机に手を伸ばし、私の返事が終わらぬうちに、卓上時計やペンライト、クレヨンをすでにいじくり始めます。すぎに飽き、今度はソファに座りまた「いい?」と今度は母親に言うが早いが、ソファの上でジャンピングを始めてしまいます。

ヒロシ君は乳児期の頃からとても元気がよかったそうです。幼稚園に入って先生から落ち着きがないとの指摘があったのですが、周囲から子どもはこのくらい元気な方がいいなどと言われ、様子を見ていたとのことでした。小学校二、三年になると、それまで落ち着きのなかった友だちも徐々に幼児性が消えて落ち着き、ヒロシ君の変わらぬ多動性が浮き彫りになってきたとのことでした。また、多動性ばかりか、集中ができないということも問題になってきています。授業に集中できない、先生からの注意や、親や友だちとの約束をすぐに忘れる、忘れ物が多い、などです。しかし、ゲームや漫画など興味や関心のあることには時間を忘れて没頭するのです。こうした注意集中の困難やムラを、「注意欠陥」と呼んでいます。

多動が優位に出て、注意欠陥が目立たないタイプ、逆に注意欠陥が優位で多動がほとんどないタイプ、両方の特徴を合わせ持つタイプがあります。注意欠陥が優位となるのは女性に多いようで、テレビで「片付けられない女」とかいって注目を浴びた人々がこの範疇に属する方々でしょうか。

この注意欠陥/多動性障害を親御さんに説明する際、失礼ながらいつもイメージキャラクターとして使わせていただいている人物がいます。日本のミスター、長嶋茂雄さんです。若い頃からのおちつきのない身のこなし、忘れ物王、焦点の定まらない踊るような話術、 天真爛漫な嫌味のなさなど、つい「間違いない!」と思ってしまいます。



「アスペルガー症候群」

このところ、「注意欠陥/多動性障害」を念頭において多動のお子さんを連れて来られる親御さんが多いのですが、意外にその診断がつくことは多くありません。むしろ、この「アスペルガー症候群」とか、「高機能自閉症」とかいう診断に傾くことが多くなっています。専門的なことを抜きにして言えば、アスペルガーと高機能自閉症はほぼ同じものと考えていただいていいでしょう。自閉症の軽症型と言えるものです。社会性とコミュニケーションの障害、思考の柔軟性の乏しさ(こだわり)が特徴です。


コージ君は小学校の一年生です。授業中動きが多く友だちの持ち物をいじくったりして落ち着かないのですが、問題はそれではありません。問題なのは、それを先生が注意すると急にびっくりしたように教室を飛び出してどこかへ走り去ってしまうことです。他の先生が見つけてなだめると、まるで何事もなかったように自分でふらり教室に戻ります。コージ君は一年生にしては大人びたしゃべり方をしますが、実は赤ちゃん言葉を最初から使わなかったそうです。コージ君は状況(TPO)がうまく読めないようです。校長先生の前でも堂々としていて、「ねえ、なんでヒゲそってないの?」とか唐突に聞いたりします。隣席の子の消しゴムを勝手に使ったのに驚いて、その女の子が泣くと、「どうしたの?」と平然としています。ともかくマイペースな生活ぶりが目立ちますが、これらは「社会性やコミュニケーションの障害」です。他人の気持が読めず、場の雰囲気を察することが困難なのです。また、虫好きなのですが、どこにいても昆虫を見つけると、ペラペラその昆虫について解説を始めます。一般向けの昆虫図鑑を隅から隅まで覚えているのだそうです。すごい特技ですが、これは「こだわり」の一端です。

この障害をイメージしていただくとすると、誇張も多いのですが、「Mr.ビーン」がその雰囲気を伝えていると思います。専門家の中には、近年ノーベル化学賞をとったノーベル○○さんや改革民営化に燃える某国の総理も、軽度ながらこの障害であろうと診断する人がいます。


ちなみにこうした発達障害には、特異的な才能を示す人が多く、アインシュタインを筆頭に天才と称される偉人が数多く挙げられています。

2004年11月01日

リハビリ

今回は精神科・神経科領域のリハビリについてお話します。

リハビリと言うと、たとえば脳梗塞や脳出血の後、あるいはひどい骨折の後などに麻痺や運動障害の機能回復を目的に行う運動や筋トレを思い浮かべることでしょう。そのイメージになぞらえると、精神科・神経科領域のリハビリは、心の機能回復を目的とした心の運動、心の筋トレということになります。しかし、これでは分かったような分からないような話ですね。例を挙げて具体的にリハビリの様子をみていくことにしましょう。



ツヨシ君は中学の頃までは真面目で勉強ができ、難なく進学校に進みました。高校一年の終わりの頃から、勉強が手につかずいつも物思いに耽っているような様子になりました。学校を休み、布団を頭からかぶってぶつぶつ独り言を言っている異様な姿を見かねて親が精神科の病院を受診させました。ツヨシ君は、みんなが自分の悪口を言っているように感ずるし、自分の身の回りに起こる様々なことがすべて何かしらの意味がありそうだと述べました。たとえば、外を走るオートバイの排気音は自分への嫌がらせのような気がするし、居間の引き戸を父親は時々ドンと大きな音を立てて閉めるが、あれはわざとであって自分に勉強するように催促をしているのだと思う・・・・・・。

ツヨシ君は「統合失調症」という障害を発症していました。この障害は、以前は「精神分裂病」と呼ばれていましたが、誤解や偏見があまりに多いので、数年前に呼称が変更されました。脳が異常に過敏になっており、周囲のわずかな変化を敏感に察知しすぎ、極端な深読みを行ってしまいます。目の前の人物が頭に手をやった-それは私への警告だ、前の走る車が急ブレーキをかけて左折した-それは私に右折するなという合図だ、等々。脳の働きが凄まじく忙しいため、当初は良きにつけ悪しきにつけ行動や言動が活発である(幻聴や妄想なども含まれます)ことが多いのですが、精神エネルギーがどんどん消費されるため、次第にエネルギーの枯渇した労弊状態に陥っていきます。意欲がなくなり、言葉少なになり、対人交流をさけて引きこもりがちの生活となります。

ツヨシ君は最初のうち外来通院をしていましたが、学業の焦りが強く、ゆっくり休んで療養という方針が受け入れられず、一進一退の状態でした。結局、入院してしっかり療養することになりました。数ヶ月間の入院でしたが、ツヨシ君はたいぶ落ち着きました。確かに落ち着いたのですが、表情は乏しくなり、動作は鈍く緩慢になり、精彩がありません。「薬のせいなんでしょうか?」ご両親の心配はもっともです。使用している治療薬のせいなら事は簡単なのですがこの状態は急性の障害後にくる疲弊状態なのです。精神がすっかりくたびれてしまっていて、意欲や自発性が乏しく、感情の起伏も平坦です。いわば、心が麻痺した状態なのです。これから先が、リハビリの対象となる時期になります。前回お話した通院精神療法(医師との個人面接)と並行して、デイケアなどでリハビリを進めていきます。

デイケアというのは、様々な精神的なダメージを受けた人々が安心して集うスペースです。そこで、様々な活動-スポーツ、園芸、料理、ゲーム、カラオケなど-を行うのですが一言でいうと人間関係の基礎練習場です。人間関係というものは相当な精神エネルギーを費やすものなので、やみくもに人間の中に入ってもただ疲れるだけの逆効果になってしまいます。家に一人でいることの安堵感と、デイケアスタッフやメンバーといった理解者たちと一緒にいることの少し緊張する喜びとが交互に存在することが重要のようです。温かいお湯と冷たい水を交互に浴びることが心地よい刺激になるようなイメージでしょうか。人間関係の練習と言っても、相手を見つけて話す、相手に合わせる、友だちを作るといった一般的なものではありません。人がそばにいても横になれる、人といてもしゃべらずに居られる、人の誘いを断れるといったことの方が、実は訓練の主たる目的なのです。

ツヨシ君は最初のうちデイケアに来ると緊張して、テレビの前のソファに身を硬くして座り続けていました。感想を聞くと、誰とも話せない、会話に入れないと悩んでいました。ここは疲れると言うので、まず畳の部屋で横になって休んでみる練習をスタッフが提案してみました。なかなか休むことがむずかしいと言っていましたが、何とか横になることができるようになりました。ツヨシ君が横たわる傍らのスペースでは、いつも「ウノ」のようなカードゲームをやっている数人の連中がいます。メンバーの誰かが声をかけたのでしょう。ツヨシ君が「ウノ」に参加するようになりました。次第に、戸外で行うソフトボールや農作業にも顔を出すようになりました。表情は和らぎ、笑顔が素直に出てきました。サッカーの話題を自分からメンバーに語ったりする姿が見られるようになりました。心が少しゆるみ、よちよちと運動を始めたところです。リハビリの第一歩がやっと動き出したというわけです。
これから先はまだまだ長いのですが、就学や就労への道のりをゆっくりと支援していくことになります。


私のクリニックのデイケアには、不登校の中学生や高校生も来ています。彼らにとっては心のリハビリというよりも、デイケアは、むしろ人間関係のやり直しや育ち直しの場として機能しています。

前回までにお話した薬物療法と精神療法(カウンセリング)に、今回のリハビリ(デイケア)を加えた多面的・統合的な治療が、現在この領域のスタンダードになってきています。

2004年10月01日

外来診療からみた現代の思春期

1.はじめに

 今回、このように子どもの精神医療についてお話する貴重な機会をいただきましたことを関係者の方々に感謝いたします。 この機会に、私は普段の外来診療を少し整理して振り返ってみようと思い立ちました。以前から、受診してくる子どもたちの人間関係をつくる力というか、対人スキルの不足が気にかかっていたので、今回外来診療を分析することで、現代の思春期における対人関係の特徴などを浮き彫りにできないかと考えたわけです。結論から言いますと、このプランはまったくの的外れとなりました。現代の思春期像を描くことは到底できないということがすぐにわかりました。大きな題名をつけすぎたと、頭が真っ白になりました。しかしながら、私の外来診療が、少なくともこの地域における児童精神科医療の特徴の一端は表しているのではないかと思い直して、今日は発表させていただきます。

 

2.調査対象

 2004年8月1日から2005年7月31日までの一年間に、当院を訪れた初診患者は519名でした。十代が最も多く、26.2%を占めています。また、20歳未満をみると35.1%となり、児童思春期をメインターゲットにしている当院の特徴が出ていると思います。今回は、初診患者のうち18歳以下を対象に検討しました。519名中、18歳以下は170名、32.8%を占め、男子81名(平均年齢10.5歳)、女子89名(平均年齢12.8歳)でした。

      <初診患者分布>

 

3.主訴の内訳

 円グラフは、初診時の主訴の内訳です。訴えが複数の者がいるため、延べ数は261となっています。不登校・登校渋滞が23.4%と最も多く、次いで頭痛や腹痛などの身体症状が16.5%となっています。子どもの場合、成人に比べ、身体化や行動化が多いのが特徴ですが、その特質をよく表しています。主訴の内訳には、性差がみられました。男子の場合、不登校・登校渋滞16.9%、身体症状12.1%も多いのですが、集団不適応14.5%、キレやすい10.5%、多動8.1%など、対人行動面に現れる問題が多数を占めています。

 

 一方、女子の場合、不登校・登校渋滞と身体症状を合わせると49.6%とほぼ半数を占めています。男子で多い集団不適応や多動は人関係での悩み、情緒不安定、リストカットを中心にした自傷行為などが目に付きます。
 昨今、子どもの「うつ」がよく話題にのぼりますが、抑うつ・意欲低下という主訴は男女ともに少数でした。

 

4.診断の内訳

 診断については、初診からまだ間がなく、暫定診断となっているケースがあること、また今回重複診断はせず、最も基底にあると考えられる障害を選択していることをまずお断りしておきます。

  広汎性発達障害が58.8%と最も多数を占めました。正確に言うと、この中には、アメリカ精神医学会のDSM-Ⅳに示される広汎性発達障害(PDD)と特定不能の広汎性発達障害(PDDNOS)が入っています。このPDDNOSですが、ある児童精神科医は、「典型的な自閉症ではないが、自閉症としての特徴がいくつかあり、軽症例といえるものの、ほぼ自閉症と同様の経過が予想され、対応は自閉症と同じと考えてよい症例」と解説しています。
 日々の臨床実感からすると、だいたい初診の半分が軽度発達障害と思っていましたので、今回分析をして、その数の多さに改めて驚きました。発達障害は、AD/HDを合わせると、実に63.5%に達しました。
 因みに、日本の児童思春期臨床のメッカ、東京都立梅が丘病院の外来統計によると、平成13年度の初診患者のうち、PDDが30%、AD/HDが20%程度です。PDDのうち、高機能群が55%遅滞を伴う者が45%となっています。ここ数年PDD、とりわけ高機能群の増加が目立つとのことです。当院の場合は、精神遅滞を伴う者は数えるほどで、ほとんどが高機能群ですので、かなり軽症例を拾っているものと思われます。
 PDDに次いで、適応障害が8.8%です。これは、学校生活がストレスとなって不登校、といったケースで、従来的に言うと神経症性の不登校です。
 身体表現性障害が4.7%です。これは、従来、心因性の頭痛や腹痛、発熱といったもの、それから転換ヒステリーなどが含まれます。情緒障害が4.1%です。この病名を、精神医学的診断名と並べるのは不適切かもしれませんが、今回は、幼児期からの親子関係の不具合から情緒的問題が生じたと考えられるケースを該当させました。主訴の場合と同様、診断についても明らかな性差がみられました。

 

 男子では、実に 71.6%がPDDであり、AD/HD 8.6%と合わせると、80%が発達障害でした。一方、女子では、PDDの比率は男子に比べ47.2%と低く、AD/HDと診断するケースはこの一年はありませんでした。PDD の、特に高機能群も、AD/HDもともに男子にかなり多いという一般的な事実と一致していました。また、女子ではPDDに次いで、適応障害が13.5%と多く、身体表現性障害、情緒障害、社会恐怖がそれぞれ6~7%を占めました。
 主訴の項でも述べましたが、昨今話題にのぼる子どもの「うつ病」は、今回重複診断を行っていないこともあり、この一年男女ともに認められませんでした。操作的診断基準に従いますと、経過中、うつ病エピソードを呈したPDDのケースが2例存在しました。

 

5.発達障害の精神医学的分類

 ここで、発達障害の概略を見ておきます。臨床的にPDDかAD/HDか、どちらか判然としないケースも多く、この図のように重複があると考えた方が実際的です。現在のところ医学診断的には、重複する場合はPDDがAD/HDに優先することになっています。多動は通常小学校中学年以降目立たなくなってきますが、その時点でAD/HDとみられていたケースがPDDに診断変更されることも多いと思います。ここで示された学習障害は、医学診断的なもので、狭義の学習障害です。読字、書字、算数などの特異的な能力障害です。

 

 一方、教育領域で使用される学習障害(広義の学習障害)を図に書き入れてみると、かなり広範囲を含んでいることがわかります。PDDにもAD/HDにも広義の学習障害が合併している例が存在しています。

 

6.広汎性発達障害とは

1)疾病概念

 図は、広汎性発達障害という疾病概念について、あいち小児医療センターの杉山登志郎先生が表した図です。縦軸が障害の程度を表し、横軸が知的能力の程度を表しています。
 カナーがその昔発表した自閉症概念を頂点として、高機能自閉症、アスペルガー障害へと裾野が広がっています。この右側の裾野を、自閉症スペクトラムと呼んでいます。

 

2)障害特性

 社会性の障害(対人的相互性の障害ともいわれます)、コミュニケーションの障害、想像力の障害(こだわり)の3つの障害特性をもっており、3つ組の障害などと呼んでいます。

a. 社会性の障害

 これは自閉と呼ばれるものと同一で、3つの障害の中で中核に位置づけられるものです。親をあまり求めない、目を合わせることが少ない、人見知りせず、平気でどこかへ行ってしまうといった幼児に特徴的な行動に始まって、対人相互の交流が出来ない、人の気持ちが読めない、場の状況がつかめないといった社会的相互反応の問題に展開していきます。

b. コミュニケーションの障害

 言葉の遅れから始まり、その後言葉が出てくるようになると、オウム返し、疑問文による要求、会話が困難なことなど自閉症独特の言語が見られます。さらに言語能力が向上した場合には、比喩や冗談がわからないことや会話による情緒交流が難しいことが特徴となります。アスペルガー障害は、この障害の程度が軽度です。

c. 想像力の障害

 想像力の障害とは、一般的に「こだわり」行動と呼ばれるものです。普通児に見られる活発な想像力を駆使した遊びの代わりに、多彩なこだわり行動を示します。早期にはくるくる回ったり、手を振ったりする自己刺激行動の反復がみられます。次いで、特定のものにだけ著しい興味を示す興味の限局が目につくようになり、さらに順番や物の位置への固執などの順序固執へと発展して行きます。例えば、ミニカーや昆虫への執着などがよくみられます。また、事物だけではなく自分の身体へのこだわりといった形でもよくみられます。

3)臨床類型

 イギリスの児童精神科医ローナ・ウィングは、自閉症スペクトラムを次の3つの臨床類型に分けています。孤立型は、対人関係を特定の人以外は避けてしまうタイプです。認知の遅れや、過敏性など認知の歪みも強い傾向があります。また、こだわり行動を示すことが多いタイプです。受動型は、受け身でなら人とつき合えるタイプで、過敏性などの認知の歪みは少ない傾向にあります。指示がないと動けないのですが、もっとも社会適応がよいタイプです。積極奇異型は、人と積極的に、しかし彼らなりの独特なやり方で接するタイプです。知的には高いのですが、問題児となることも多い傾向があります。一般的には、学童期に孤立型・積極奇異型から受動型へ移行すると言われています。

 

7.当院のPDD

 ここで、当院で58.8%を占めたPDDの主訴(男女別)をみてみます。

 男子をみると、不登校・登校渋滞、身体症状などが上位を占めて、キレやすい、対人関係の問題などの主訴も多く認められます。こうした主訴から、だけでは、「発達障害」という診断を想起することはできません。集団不適応という主訴になるとかろうじて、というところでしょうか。
 女子をみると、不登校・登校渋滞、身体症状、対人関係の問題、情緒不安定などが主訴の上位を占めています。男子以上に、まったく「発達障害」の匂いを感じさせません。これらの主訴は、発達障害から二次的に派生した問題を表しています。
 さて、ここで実例を提示してみます。一例目は初診段階から高機能のPDDを疑った症例です。二例目は当初は発達障害とは気づかなかった症例です。

 

8.症例提示

症例 A  

 症例は初診時12歳、中学1年生男子です。主訴は頭痛と不登校です。中学1年生の秋のある日、登校前に頭痛を訴えて学校を休みました。頭痛は朝から夜まで続き、時折しめつけられる痛みがくると訴えていました。頭痛の訴えが毎日執拗なので、2カ所の脳外科を回り、頭部CTやMRI検査を受けましたが、異常所見はありませんでした。ただ、脳波に異常を指摘されて、抗てんかん薬を投与されました。服用しても変化はありません。頭痛が発現してから、学校はずっと休んでいました。
 各種鎮痛薬にも全く反応せず、脳外科医からは頭痛が精神的な要因で生じている可能性もあると指摘されました。このため、その年の12月に当院を受診しました。
 初診時の印象としては、表情が乏しく、硬さが際立っていました。また、目が合うと、少し首を傾げて目をゆっくり見開く独特のしぐさが印象的でした。口が重くて気持を引き出すのが困難でした。今この瞬間にも頭痛がすると無表情に平板に語りますが、その痛みを抱えた感情がこちらには伝わってきません。
 生育歴上の特徴としては、まず、育てやすく手のかからない子であったということです。親に擦り寄ってくる子ではなかったようです。始語が遅く、頷くだけでしたが、2歳になると突然大人言葉で話し始めたそうです。保育園当時からひとり遊びが好きで、昆虫や魚に強い興味を示し、図鑑を見るのに熱中しました。小学校低学年までは友だちと遊ぶことがありましたが、高学年からはひとり遊びが多くなり、マイペースな生活ぶりが目立ち始めました。中学校での様子を聞いても、一学期は勉強や部活(柔道部)において、特に問題はなかったと言います。  

 

 

 上図は、知能検査WISC-Ⅲの結果です。言語性=123、動作性=120、トータルIQ=124と平均以上の知能を有しています。しかし、下位項目を見ると、言語性での「数唱」の落ち込みが際立っています。また、動作性では、他の項目に比べて、「積木」と「迷路」が高く、「組合」と「記号」が低いといった具合に、能力に凸凹がみられます。
 Aに対して言語的な介入が困難であったため、臨床心理士にプレイセラピーを依頼しました。心理士の感想は、自分の感情を言葉で表現することが不得手で、頭痛や学校に対する不安がまるでないかのように見える、というものでした。3回目ころより、絵画(スクィグル)やボードゲームに積極的になってきて、笑顔が出るようになりました。3月に県外への転居が急遽決まり、家の片付けを手伝うようになると、頭痛がまったく消失しました。

 

症例 B

 症例は、初診時14歳、中学2年生女子です。主訴は腹痛と登校渋滞です。中学2年生の一学期の終わりころから、大勢の中にいるのが苦痛になりました。二学期の始まりから、登校前に腹痛が出現し、休みがちとなりました。近くの内科を受診しましたが、異常所見はありませんでした。その内科医よりの紹介で、11月当院を受診しました。
 初診時の印象としては、表面上ニコニコと明るく、あまり葛藤を感じさせません。外面を気にして、外では良い子です。家では姉妹に八つ当たりをするといいます。当初は、社会恐怖的な心性を持つ子として、いわゆる神経症レベルと診立てました。臨床心理士にカウンセリングを依頼しました。その後の心理士の感想は、色々とよくおしゃべりしてくれるが、自分の感情を語ることは少なく、何回会ってもなかなか関係性が深まっていかない、というものでした。また、面接中たまにうわの空になっていることがあるというので、生育歴の再聴取を行いました。
 生育歴上の特徴としては、まず、人見知りがありませんでした。言語発達に遅れは認めません。人なつこく誰にでも話しかけるようなところがありました。幼児期より、音や匂いに敏感な子でした。幼稚園では登園を渋りました。小学校時代は明るく活発な子と教師から評価されていました。小学校4年と5年の時、唐突にクラス委員に立候補したというエピソードがあります。本人の話では、クラス委員になれば皆が自分の意見を聞いてくれると思った、と言います。落選すると、皆の気持が分からんと言ってしばらく学校を休んだそうです。その頃から、思い通りにいかないと、外では我慢して、家で荒れるようになりました。4年生の時、興奮して台所から包丁を持ち出して構えるようなことがありました。以前から、冗談を真に受けて怒り出すことが多い、といいます。
 また、いやな過去の記憶がふとした拍子に蘇ってきて、当時のいやな気分に陥ってしまうという、タイムスリップ現象が頻発していることが聴取されました。この現象はPDDに多くみられるといわれています。

PDDを疑い、WISC-Ⅲを実施しました。下図がその結果です。  

 

 言語性97、動作性99、トータルIQ=98ということで、平均知能です。しかし、下位項目を見ると、言語性では「算数」が低くなっています。また、動作性では「完成」や「組合わせ」が比較的高いのに比べて、「配列」や「迷路」が落ち込んでおり、各能力に凸凹が見られます。面接経過、生育歴および知能検査の結果から、アスペルガー障害と診断しました。

 

9.まとめ 

 以上、外来診療から現代の思春期を描こうとした壮大な夢から覚めた、生の現実をご覧いただきました。これだけ発達障害が多ければ、外来診療の中で、人間関係をつくる力が弱い、とか対人スキルが不足しているとかいう印象をもつのも当たり前、ということになってしまうわけです。逆に、今や思春期を語ろうとすれば、「発達障害」を抜きに語る事はできないと言えるのかもしれません。
 さて、一般に発達障害というと、多動やパニック、強いこだわりといった際立った行動異常や、言葉の遅れやオウム返しといった言語の障害があるものとイメージされるのではないでしょうか。そうしたいわゆる一次障害を主体にしたケースは、幼児期の受診者の中にはみられましたが、学童中期以降はむしろ、不登校や友人関係の問題、感情のコントロールの不良などの二次的な障害で来院するケースがほとんどでした。また、頭痛や腹痛をはじめとする身体症状が受診のきっかけになっているケースも数多く認められました。
 あるいは、当院のPDD比率の高さから、発達障害の診断を乱発しすぎであるとの批判を受けるかもしれません。先ほど提示したケースでも、一例目を「身体表現性障害」、二例目を「社会恐怖」、あるいは「適応障害」と診断することが一般精神科的には多いかもしれません。しかし、そうした診立てでは、たいがい治療が立ち行かなくなってしまいます。子どもは常に発達していきますが、一面的な理解ではその子の伸びていく先が見えません。ベースに発達障害が潜んでいて、そのために適応がうまくいかないということが理解できると、本人が分かった風で実はあまり分かっていないという特徴に目が届きます。すると、本人に対して、その特性に気づかせて支援を行うことができ、家族や学校の対応に介入しやすくなるのです。例えば、PDDの不登校ケースの場合、休養させるとか、行かなくてもよいという方法は経験的にうまくいかないことが多いように思います。彼らは、家の中で焦ることなくどっぷり引きこもってしまいます。むしろ、どうやって学校や友人と繋げるかを模索したり、支援したりする方が、後々うまくいくように思います。
 以前、多くの児童精神科医がそうであったように、私もPDDの診断には慎重でした。
 私がPDDの診断に以前ほど躊躇しなくなったのは、大人のPDDの患者さんから色々と示唆を受けた影響もあります。こちらが控えめにPDDかもしれませんと告知したとき、彼や彼女の何人かが、もっと前にその事実を知りたかった、もっと早くに知っていればあんなに苦しまなかったかもしれない、などと訴えるのを聞いたからです。その特性が生来的なものであると理解して、対処スキルを向上させる努力によって、生きていく上での苦悩が減じ、社会適応が改善されていく可能性を確信したのです。
 私は開業してからの約3年間で、発達障害について、患者さんから随分多くを学びました。様々な発達障害の様相を目の当たりにして、今、子どもたちの苦しみに少し手が届く感触があります。子どもたちは自分の苦しみをうまくまわりに伝えられずにいて、尋ねられると、つい「分からん」などと言ってしまいます。そこで、彼らの集団の中での苦しみをまずこちらが、「君はああだよね、こうだよね」とわかりやすく表現してあげることが大事であると思います。そうやって彼らと繋がっていくと、少しずつですが、彼らは発達を遂げ、変わっていくのです。

2004年09月03日

精神療法

今回は精神療法(心理療法、カウンセリング)についてです。


来院される患者さんの中に、「薬を使わずに、カウンセリングでお願いしたい」と希望される方がしばしばおられます。薬は有害で、カウンセリングは安全といった先入観を持たれているようです。私の修行した大学では、当時精神療法・心理療法が盛んで、そこで色々なタイプの精神療法を学びましたが、常にその副作用に留意するように指導を受けました。ここでは詳しく述べませんが、精神療法にも副作用があるのです。
ちなみに、精神療法、心理療法、カウンセリングの違いは何なのでしょう。実は私もよく分かりません。精神療法というと医者が、心理療法というと心理士が、支持的にあるいは指示的に患者さんに関わり、カウンセリングというとあまり特別な技法を用いずに話を聞いていくといったニュアンスでしょうか。
また、精神療法にも適応があって、障害の種類や時期によってはむしろ精神療法を控える場合もあります。例えば、統合失調症やうつ病では、特に病初期には薬物療法が主体となり、特別な精神療法は控えるのが一般的です。

ここで、私のクリニックで実際に行われている精神療法のいくつかを紹介してみましょう。


①一般的な通院の精神療法

ある好ましくない精神状態のために、患者さんはクリニックを訪れます。その状態や症状について、あるいは生育の歴史、家族関係、職場環境などについて話を伺いながら、仮説を立てていきます。こういう育ち方をした、こんな性格の人が、こんなこと、あんなことを経験しつつ無理してやってきたけれど、とうとうその無理が限界を超えてこんな具合になってきたんだ、と。その方の人生の中に、ある種の無理や我慢、怒りや悲しみを発見して、その押さえ込んだ感情の存在を確認したり、その解放の仕方を共に考えたりしていきます。日常生活の話と織り交ぜながら、進んでいきます。



②カウンセリング

夫婦関係や家族関係に特に問題がある場合、環境調節や関係の修復、整理をする必要があります。こうした場合、カウンセラーやケースワーカーと共同して対応しています。誰にも言えない家の愚痴を聞いてもらうだけでも、すっきりして精神保健にいいという患者さんもおられます。



③一歩踏み込んだ精神療法

若い人たちの中には、乳幼児期の傷つきが深く強い人間不信や絶望を抱えている人がいます。一方では、人間を信じたい欲求があり、その狭間で悶々としています。この種の人たちには、乳幼児期の状況を考え合わせながら、治療者と患者さんという現在の人間関係の間に起こる感情の流れを丹念に追っていく面接が必要となることがあります。こうした関わり方を精神分析的な精神療法と呼んでいます。そこでは、乳幼児期に抱え込んだ憎しみや怒り、愛情希求などが、目の前の治療者に向けて出てきます。長期にわたるむずかしい治療です。



④森田療法

大正時代に慈恵医大教授森田正馬が創案した精神療法です。元々、神経症に特化した精神療法ですが、今日では、パニック障害、うつ病の回復期、統合失調症の安定期などにも応用されてきています。この療法は、症状と呼ばれるものに対して過敏になって気を向ければ向けるほど、よけいに症状が出やすくなるという精神交互作用を、いかにして鎮めるかという技法です。症状への確認や態度を変化させていく認知療法という現代的な技法に似た所があります。例えば、動悸が気になるという人がいます。動悸がすると気になってこのままどうにかなるんじゃないかと不安です。そのうち、何でもなくても、また動悸がするんじゃないかと常に胸のあたりに神経が集中している状態になります。こうなると、動悸を起こす準備状態を自ら演出しているのも同然です。ここで、森田療法では、動悸という症状はそのままにしてやるべきことをしなさいと指示を出します。考えや思いよりも行動を優先せよ、というわけです。エネルギーのある人にお勧めの療法です。



⑤子どもの精神療法

子どもの場合、言葉による面接が容易に進まないこともしばしばです。特に幼児期~学童期ではまず無理です。そのために、昔から色々な技法が開発されてきました。絵を描く粘土細工を作る、おままごとやゴッコ遊びをする、箱庭を作るなど、絵画療法、遊戯療法、箱庭療法などと仰々しい名前がついています。いずれにしろ、言葉よりも遊びを中心に据えて、子どもと関わろうということです。子どもの場合、遊び自体の中で押さえていた感情を発散させたり、遊びを通して治療者に甘えたり、怒りを向けたりしながら、安心や勇気を獲得していきます。ここでは、精神分析的な精神療法を基盤にして、医師と心理士がチームとなって対応します。

ある子どもの場合は、怖がって診察室にもプレイルーム(子どもと関わる遊びの部屋)にも入れませんでした。外来の隣にあるデイケアセンターのテレビゲームやテレビの音には興味を持ったので、治療者は彼女をデイケアへと誘い、カーペットの上で一緒にでんぐり返りをしながら面接していました。キャッチボールをしに戸外に出て行くこともあります。子どもとの面接では、臨機応変な対応がカギになります。


こうした精神療法を患者さんの状態や程度に合わせて、お勧めします。実際の所、子どもの場合を除いて薬物療法との併用がほとんどです。

2004年09月01日

うつの話 4

今回から、心療内科・神経科・精神科といった領域における「治療についてお話していきます。治療に関しては、患者さんばかりではなく、親戚・知人といった人たちからも、誤解に満ちた質問をしばしば受けることがあります。たとえば-

・安定剤のような薬を飲み続けると、頭が「変」になってしまう?
・安定剤や睡眠薬はすぐにくせになって、やめられなくなる?
・薬を使わずに、カウンセリングで治した方がいいのでは?

先日うつ病で入院歴のある患者さんが、年配の歯医者さんにかかり、こちらの処方内容を見せたところ、「こんな薬はすぐにやめなさい。薬に頼っていてはダメだよ」と説教されたとのことでした。彼女は、何年も苦しみ抜いて、やっとこの薬で安定して日常生活が送れるようになってきたというのに、と憤慨していました。このように、誤解や妙な先入観を持つのは医療関係者といえども例外ではありません。この領域はまだまだ偏見が色濃く残っていて正確な知識や情報がなかなか浸透しにくいのが現状です。

さて、現在よく使用されている治療法としては、
①薬物療法
②精神療法(心理療法、カウンセリング)
③リハビリ
などが挙げられます。

今回は、手始めに最も一般的に使用されている「薬物療法」について紹介していくことにします。薬物を使った治療は、この四半世紀で目覚ましい発展を遂げてきました。数々の治療薬が登場することによって、様々な精神の状態に対応することができるようになりました。しかし、脳の中で起きている現象が未だ充分に解明されていないのでつまり病気の原因がなお不明であるので、残念ながら根治的な治療というわけにはいきません。あくまで対症療法というわけなので、限界もあります。主な薬をいくつか挙げてみましょう。

<1>抗不安薬

日常会話の中で「安定剤」といわれているものです。実は、睡眠を助ける薬(睡眠導入薬)と親戚関係にあるものが多く、開発段階で眠気の多いものが睡眠剤に、眠気の少ないものが安定剤になったようです。緊張や不安を和らげて、気持を鎮める作用があります。したがって、不安やイライラが強い場合や、動悸や息苦しさ、めまいなどに神経質になっている場合によく使います。この薬は、状態や時期により、比較的多めに毎日飲んでもらうこともあれば、少量を時々飲んでもらうこともあります。調整には熟練が必要なので、勝手な飲み方は禁物です。多めに飲んでぼんやりとフラフラした姿を見て、家族が「変」になったと勘違いして、恐ろしい薬だからやめろ、となることがありますが、用量調節すればまったく問題ありません。もちろん、飲み続けて「変」になることもありません。


<2>睡眠導入薬

一般に睡眠薬と呼ばれていますが、確実に眠らせる薬ではなく、正確には睡眠に誘う薬です。睡眠は脳を休息させる大切な機能なので、(躁)うつ病や統合失調症など睡眠障害をきたす病気には重要な補助剤となります。これも状態や時期によって用量や用法が変わります。癖になりやすい薬、と一般には思われていますが、実際にはあまり問題になることはありません。確かに「癖になりやすい人」はいます。これがないと眠れないと信じてしまう人です。「眠れなくてダメだ」といって生活に重大な支障があると思い込んで暮らすより、お守りのように薬を飲んで眠れると信じて暮らす方がマシかな、などと思って薬を出しています。お酒との相性がよくありません。一緒に飲むと、意識の障害が一時的に起こって健忘をきたしたり奇妙な行動を取ったりします。某有名バンドのギタリストの自殺は、これではなかったかと憶測されています。


<3>抗うつ薬

沈んだ気分を持ち上げ、しぼんだ意欲を高める効果を持つ薬です。近年、SSRIというタイプの抗うつ薬が注目され、頻繁に使うようになりました。うつ症状のみならず、強迫症状(こだわりや確認)やパニック症状にも有効です。これは、脳内のセロトニンという神経伝達物質を高める作用があり、それによってうつ症状などを改善するといわれています。しかし実際にはそう単純ではなく、別の神経伝達物質を高める薬でないとうまくいかないことも多々あります。何種類もの薬があり、その人にあった薬を探すのに時間のかかることもあります。うつ病にはよく効きますが、うつ状態では切れ味が鈍ります。この薬は、ある一定量以上を毎日欠かさず飲んでいただきます。うつ症状がよくなっても、再発を防止するために半年から一年は服薬を続けるように指導しています。


<4>抗精神薬

仰々しい名前の薬ですが、具体的には、抗不安薬でも治まらない不安や緊張、焦燥感、さらに興奮、幻覚、妄想などに有効です。過敏になった脳内の神経伝達物質の働きを調整する薬です。精神病に限らず、状況に応じて幅広く使用されています。一時的な使用の場合もありますが、多くは脳内の環境調節や環境維持を目的に使用しているため、決められた量を毎日欠かさず服用していただきます。

この他、感情安定薬(気分の揺れを鎮める薬)、漢方薬、(身体症状と連動するような気分の乱れを整える薬)などもよく使用します。

私が児童・思春期の専門なので、「子供に薬を使うのですか?」といった質問をよく受けます。大人よりも処方する頻度は低いのですが、心理療法と合わせて状況によってこうした薬をしばしば使用します。子どもに使うから安全だというのは、いかにも荒っぽい論旨ですが薬の安全性の一端を理解していただければと思います。

2004年08月01日

うつの話 3

今回も「うつ」をめぐる話です。前回まで取り上げたうつ病以外にも、以前お話したように「うつ」が生じてきます。今回は、うつ病と、うつ病以外の「うつ」(ここではうつ状態と呼んでおきます)について、ケースを見ながら、比較対比してみたいと思います。

まずは典型的なうつ病から-。

<ワタナベさんの場合>

豊橋に転勤してきて二ヶ月。三十半ばのワタナベさんには、奥さんと幼稚園児の娘さんがいます。新しい営業所に早く慣れるよう気を張り、家族の生活がスムーズに運ぶように気を配った、慌ただしい二ヶ月でした。そんなある日から、朝起きづらくて頭がぼーっと重たく感じられるようになり、出社がどうにもおっくうになってきました。口がまずくて食事が進まなくなりました。何をしても感情が淡くなったような、面白くも楽しくもないような気分です。テレビの画面もただ目の前を流れるだけで頭に入ってきません。夜は、仕事のことを考えると、堂々巡りになって目が冴えて寝付けません。やっと眠れても二時間で目が覚めてしまいます。夜、奥さんを求める気にもなりません。仕事に出ても、物忘れやミスが多い気がして、じりじり焦る気持と、会社に迷惑をかけているような後ろめたい不安が頭から離れません。最近ではいっそのこと、自分がこの世にいない方がいいのでは、といった考えが頭をかすめるようになりました。笑顔が消え、ため息ばかりの様子を見かねた奥さんに、引っ張られるようにしてクリニックを訪れました。

うつ病の人は、自分のうつをなかなか認めたがらないことも多く、ワタナベさんのように家族に伴われてやっと来院されるケースもあります。


<ミエコさんの場合>

息子さんが小学校へ上がるのを機に、ご主人の両親と同居しました。ご主人は出張続きで家を空けることが多く、子供のこと、義父母のことなど、ミエコさんが一手に対応しなくてはなりません。姑は静かな夫婦だけの生活に慣れているせいか、孫のにぎやかな様子が気に障るらしく、ミエコさんに子育てや躾について再三小言を言うようになりました。元来勝気なミエコさんも最初のうちは黙って聞いていましたが、さすがに何度目かには姑に言い返していました。それからというもの、家の中はぴりぴりと張りつめた雰囲気です。そのうち、ミエコさんに異変が現れてきました。急に胸の辺りが締め付けられるような息苦しさが出てくるようになり、不安でたまらなくなりました。イライラして子供やご主人に当たってしまうようにもなりました。それでも友人と食事や買物に出かけると、不思議と晴々として明るく生き生きとした自分を取り戻せるのです。が、しかし家に帰るととたんに気が重くなり、息苦しさが込み上げてくるのです。友人から「うつ病」ではないかと指摘されて、慌ててクリニックへ来られました。

このタイプのうつ状態は、二十代から四十代の、とくに女性に多く見られます。うつ病と比べて、状況によって気分変動が大きく、自分にとって好ましい状況ではほとんどうつを感じさせない状態にまで変化します。うつ病の人が好ましい環境にあっても、晴々と寛げず、一緒にいる相手に気を使ったり、こんな風にしてもいいものかと自問したりするのとは対照的です。家庭や職場といった環境、とりわけ人間関係がミエコさんの場合のように分かりやすい形でうつ状態の原因になっていることが多いものです。



<メグミさんの場合>

高校に入学したものの、何か学校の雰囲気に馴染めないような気がして、登校がおっくうになってきました。メールをやりとりする友だちはいるにはいるけれど面倒はいやだからあまり深い話はしません。訳もなくイライラすると、カッターで腕を傷つけるようになりました。腕に滲んでくる血を見ると、やっと生きているような実感がして、胸が軽くなるのです。何もする気がなくなって、食べる気もなくなってそのままスーッと消えられたらいいといつも思うようになりました。学校の保健室で、メグミさんは腕に付いたたくさんの傷を教師に見つけられクリニックの受診を勧められました。

これに、女性だと拒食や過食といった食行動の異常を伴うこともあります。男性では自傷や食行動異常ではなく、こだわりや引きこもりといった形で表現されます。このうつ状態はちょっと厄介です。一見原因とおぼしきものがはっきりしないのです。しかし、丹念に誕生からの生育の様子を聞いていくと、小さい頃充分に甘えられなかったり、自分の存在を主張できなかったり、といった発達上の不足が認められることが多いものです。発達のやり直しのような精神体験を経ないと将来的に社会と折り合っていくことが難しいのが実情です。


「うつ」と一口に言っても、いろいろな種類のあることがお分かりいただけたかと思います。ところで、うつ病とその他のうつ状態に分けるのにはそれなりの理由があります。それは治療の方向が異なってくるためです。うつ病の治療は(休養は当然のこととして)薬物療法が中心となります。脳内の滞った信号伝達を改善する抗うつ薬という種類の薬が奏功します。一方、エミコさんやメグミさんのようなうつ状態の場合、正直なところ薬の効きはうつ病ほどは期待できません。そこで、精神療法やカウンセリングが治療の中心になってきます。

薬物療法?精神療法やカウンセリング?そうです、次回は一般に分かりにくく誤解の多い、心療内科・神経科の治療についてお話しましょう。

2004年07月01日

うつの話 2

うつ病にかかりやすいとされる性格が昔から知られています。
以下に列挙してみましょう。

生真面目
几帳面
完全主義
頑固、こだわりが強い
頼まれると、いやと言えない

こうして挙げると、なんだか物々しくピンとこないかもしれません。実際うつ病の方にこれらの特徴をぶつけてみると、「私はそんな真面目ではないし、部屋も乱雑でとても几帳面とは言えません」などという答えが返ってくるものです。私生活はともかく、仕事(勉強)に限ればどうかと尋ねてみると、「きちんとやらないと気がすまないし、いいかげんにはできない」という返答。立派な、生真面目几帳面な性格です。これらの性格特徴を持ち、エネルギッシュに活動すると、社会的には仕事のできる人頼りにされる人との評価を受けるでしょう。事実クリニックを訪れるうつ病の方に職場の中で高い地位を得ている人が結構おられます。



性格特徴と社会的地位。しかしこれがまた、うつ病の治療を難しくする要因になりがちです。うつ病の養生において基本となるのは何といっても休養ですが、「仕事に穴を空ける」「職場に大変な迷惑をかける」、「上司(先生)の期待を裏切る」と言った理由をつけて休養を頑なに拒むことが多いのです。主婦の場合も、「妻や母としての役割を放棄できない」と休養に乗り気ではありません。彼らと話していると、自分のためというより職場や人のために、あるいは人間はこうあらねばという人生観のために、自分という歯車があるという風に聞こえてきます。彼らは小さい頃親にくっついて甘える体験が少ないため、影響力のある組織や人物に一体化していこうとする傾向が強いと言われています。これが、他人のためでなく、自分のための休養という考え方の方向転換が一筋縄では進まないゆえんです



近年では、うつ病は、脳内の神経伝達物質の不足状態であると説明されています。私たちが何事かを考えるとき、脳内では神経線維上を電気信号が凄まじいスピードで行きかっています。送電線の中継所のような場所が随所にあり、電気信号を別の神経線維へと伝えていきます。この中継所で信号伝達を司る物質が不足しているために、信号の伝達が滞り、考えが進まない、決断できない、行動できないといったうつ症状が出現すると言われています。したがって、うつ病の治療にはこの脳内の神経伝達物質を補う、抗うつ薬と呼ばれる薬を使用するのが一般的です。しかし治療の第一歩が脳の休養であるのは、薬がなかった頃からの基本であり、新しい刺激を脳に与えていたずらに信号伝達させたくないということです。よく、気分が変わるから新しいことに挑戦してみては、といったアドバイスをうつ病の初期の方にする人がいますが、百害あって一利なしです。



さて、うつ病発症のきっかけについても、数々のライフイベントが挙げられています。

転勤、人事異動、昇進、開店
引越、新築、町内会・PTA役付
結婚、妊娠、出産、更年期
転校、受験、入学

これらは、人生における転換期を意味しています。「うつ」という言葉から、「苦しい」状況を連想しがちですが、意外に幸せといえる状況の多いことに気づかされるでしょう。幸せの中で、彼らは期待に応えようとする強い役割意識や責任感を持っています。また、変化した生活状況や人間関係に早くしっくりと馴染もう、一体化しようと必死になっています。良き上司になるため、良き嫁になるため、良き母になるため良き隣人になるために。「まあボチボチと、気負わずゆっくりマイペースで」なんてできない性分なのです。うつ病はすでにかなり頑張った結果であるわけなので「気を張って、もうひと頑張り」などという励ましが的外れなばかりか、有害な追い詰めになることがお分かりいただけると思います。

2004年06月01日

うつの話 1

クリニックを訪れる方々の相談で最も多いのが、「うつ」に関するものです。近頃では、あらかじめインターネットで情報収集を行い「私はうつ病です」と自己診断して来院される方も目立ちます。また、「うつ」という言葉が日常的に汎用され、拡大解釈されて、何でもかんでも「うつ」と誤解されているケースもあります。そこで、これから3回にわたって、「うつ」をめぐる話を進めていきたいと思います。
今回は「うつ」とは実際どんな状態なのかをみていきましょう。


抑うつ気分というのは、確かに私達が失恋したり、試験に失敗したりした時経験するおなじみの感情状態です。この場合は精神的なショックの後の反応なので、うつ病などと違って、ショックを和らげる励ましや気分転換で比較的短期間に元に戻ることができます質的にも、うつ病の抑うつとは明らかに異なっています。治療対象となる「うつ」は言うなれば精神エネルギーの枯渇状態です。アクセルを踏めども踏めども一向にエンジンが反応しないガス欠の自動車のようです。精神エネルギーが枯渇してくると、心には二つの「うつ」が生じてきます。ひとつは気分の沈み込みで、もうひとつは意欲や思考活動の減退です。それらの特徴を患者さんの言葉から拾い出してみましょう。

<気分のうつ>

・訳もなく悲しい
・傍に家族がいるのに一人ぼっちになった気分
・気がが晴れない
・面白くも楽しくもない
・居ても立ってもいられないようなイライラ
・取り返しのつかないような焦りと不安

<意欲・思考のうつ>

・何をするのもおっくう
・やる気がしないし、やっても手につかない
・出不精になった
・すぐに飽きてしまう
・考えがまとまらない
・考えが進まない
・同じ事をくどくど考えてしまう
・決断がつかない

このような精神状態に加えて、精神エネルギーの不足は身体に影響を及ぼすために必ず身体活動の停滞も生じてきます。

<身体のうつ>

・体がだるい、重い
・体がえらくて、疲れる
・すぐ息切れがする
・頭が痛む・重たい・ぼんやりする
・眠れない
・お腹が空かない
・便秘がちになる

お年寄りの中には、こうした身体症状だけを訴えるうつ病の方が多くおられます。精神症状が背景に隠れているので、仮面うつ病などと呼んだりします。
また、不眠については、なかなか寝つけないという入眠困難のほかに、途中で目が覚める、早朝に目覚めてしまうといった点がうつ病の特徴です。また、うつ症状は一日のうちでも波があり、朝が悪くて夕方になるにつれて少し軽くなる方が多いようです。日によっても、いい日と悪い日の波があります。

うつ病の方の目に映る世界はとても悲観的なものです。ちょうど、落とし穴にハマったように、狭く暗いところでもがいいているように見えます。実情とはどんどんかけ離れて袋小路に入り込み、「もう何もかもダメ」と悲観的に固まっていくので自殺などに充分な注意が必要になります。うつ症状が改善するとまるで悪夢から覚めたように、「何をそんなに苦しんでたんでしょうねえ」などと述懐するのですが。

さて、あなたにあてはまるうつ症状がありませんでしたか。

2004年05月01日

メンタルクリニックのイメージ

「メンタルクリニック」というと、皆さんはどんな所をイメージされますか。 馴染みがなくて見当のつかない方、大いなる勘違いをされている方が多いのではないでしょうか。そこで今回は、私のクリニック(デイケアに集う若者の間では「かずメン」と呼ばれている)を訪れる人々に出会っていただいて、メンタルクリニック(心療内科・神経科)に対するイメージを新たにしていただけたらと思います。

 


ハナちゃんは幼稚園に入園したばかり。園児達が一斉に園庭に飛び出したりトイレに一斉に駆け込んだりする姿を見て、オロオロ怖がってしまい登園を拒否するようになりました。実は幼稚園に上がる前から、「地震がくるとみんな死んじゃう」と言って急に泣き出すような行動がありました。ハナちゃんは私の前では緊張しながらもお利口に質問に答え、時折はにかむように首を傾げていました。一見なんでもない幼女と映りますが大人の私に無理に合わせていると感じました。「強迫観念(不安なことを思い浮かべてそこから逃れられなくなる)」という現象が彼女の心を占めていることが推測されました。カウンセラーに遊びを通して彼女と関わってもらう(遊戯療法)ことにしました。数ヵ月後、ハナちゃんは登園して友達の中に入れるようになりました。

 


よちよち歩きの子供を連れて、アキさんが訪れました。子供が自閉症ではないかという相談です。私の専門が児童思春期なのでそうした相談が多いのです。子供は心配ないのですが、アキさんが気がかりです。元はやり手のセールスレディーなのに、今は生気がなく悲壮感いっぱいです。出産後から急に意欲がなくなり、何をするのも億劫ですが、長男の嫁なので姑に頼るわけにはいかない、弱音は吐けないと言うのです。いつからか子供も可愛く思えないそんな自分は母親として失格です、消え入りたいと泣き崩れてしまいました。「うつ病」の独り相撲です。薬を処方して通院していただくことにしました。



ナカヤマさんは係長になったばかりの多忙な営業マンです。このところ動悸と頭がクラクラする症状が頻繁に続くため、内科や脳外科を受診したのですが「異常なし」と言われ、がっかりして私を訪ねてきました。「何か大変な病気のはず」なのに、異常がないだなんてと落胆されるのです。体に異常がないことを喜べないとは奇妙です。「心気神経症」といって、生理的に誰もが体験する動悸やめまいなどの身体現象を過敏に据えて怯え、常にその身体症状にとらわれてしまう状態なのです。当面薬を使いたくないというナカヤマさんには、森田療法(日本独特の精神療法)という治療を行うことにしました。



老若男女、様々な人々がクリニックを訪れます。人々の口からは、どこでも聞くようなありふれた話が語られることが多いのです。そうして、私は眼前の人々が、隣近所にいる至極身近な人であることに気がつくのです。


2004年04月01日