「NEW VOICE」10月号に掲載

十年ほど前からマスコミやインターネットを通じて、「うつ」にまつわる情報が氾濫している。厚生労働省の統計によれば、うつ病患者はこの十年で二倍に膨れ上がり、すでに百万人を突破している。旧来の診断方法と異なる米国式の診断基準が用いられるようになってうつ病の裾野が格段に広がった。富士山に例えると、以前の基準では七合目から上をうつ病と捉えていたのだが、今では三合目からをうつ病と呼んでいる感じである。

最近、新型うつ病なる名称をどこかで耳にされた方もおいでだろう。これは、従来のうつ病とは特徴の異なるうつ状態を表した通称で、真の病名ではない。新型と呼ばれるうつ病の患者は、仕事場では意気消沈しているが、ひとたび夜の街に出ると大いに歌い飲んで元気、若しくは家に帰るとパソコンの前に陣取って深夜までインターネットゲームに没頭といった態である。仕事がうまく進まないのはすべて自分のせいと自責する従来型のうつ病者に対して、優しくない上司が、残業ばかりの会社が悪いと他罰的になるのが、新型の人たちである。このようにまるで違う「うつ」とされるが、児童精神科医の目から見ると、この二つはじつは同根と捉えられる。幼い頃を詳しく尋ねていくと、ともに本当はとても自分の世界が強くマイペースで、頑固な子どもなのである。違うのは、従来型が本来の自分を押し殺し環境に過度に適応しようとしてかなり窮屈な性格(真面目、几帳面、対他配慮)を発展させたのに対して、新型は子どものままで発達が未熟であるという点である。これには時代性が大きく関与している。真面目で几帳面で礼儀正しいというのは、昔ながらの美徳のように讃えられるが、今の時代だとかなり息苦しいと捉えられかねない。子どものままで発達が未熟というのも、じつは子どもをまっとうに育てきれていない社会の問題であって単純に新型と呼んで珍しがっている場合ではないのである。
2012年10月01日