うつの話 4

今回から、心療内科・神経科・精神科といった領域における「治療についてお話していきます。治療に関しては、患者さんばかりではなく、親戚・知人といった人たちからも、誤解に満ちた質問をしばしば受けることがあります。たとえば-

・安定剤のような薬を飲み続けると、頭が「変」になってしまう?
・安定剤や睡眠薬はすぐにくせになって、やめられなくなる?
・薬を使わずに、カウンセリングで治した方がいいのでは?

先日うつ病で入院歴のある患者さんが、年配の歯医者さんにかかり、こちらの処方内容を見せたところ、「こんな薬はすぐにやめなさい。薬に頼っていてはダメだよ」と説教されたとのことでした。彼女は、何年も苦しみ抜いて、やっとこの薬で安定して日常生活が送れるようになってきたというのに、と憤慨していました。このように、誤解や妙な先入観を持つのは医療関係者といえども例外ではありません。この領域はまだまだ偏見が色濃く残っていて正確な知識や情報がなかなか浸透しにくいのが現状です。

さて、現在よく使用されている治療法としては、
①薬物療法
②精神療法(心理療法、カウンセリング)
③リハビリ
などが挙げられます。

今回は、手始めに最も一般的に使用されている「薬物療法」について紹介していくことにします。薬物を使った治療は、この四半世紀で目覚ましい発展を遂げてきました。数々の治療薬が登場することによって、様々な精神の状態に対応することができるようになりました。しかし、脳の中で起きている現象が未だ充分に解明されていないのでつまり病気の原因がなお不明であるので、残念ながら根治的な治療というわけにはいきません。あくまで対症療法というわけなので、限界もあります。主な薬をいくつか挙げてみましょう。

<1>抗不安薬

日常会話の中で「安定剤」といわれているものです。実は、睡眠を助ける薬(睡眠導入薬)と親戚関係にあるものが多く、開発段階で眠気の多いものが睡眠剤に、眠気の少ないものが安定剤になったようです。緊張や不安を和らげて、気持を鎮める作用があります。したがって、不安やイライラが強い場合や、動悸や息苦しさ、めまいなどに神経質になっている場合によく使います。この薬は、状態や時期により、比較的多めに毎日飲んでもらうこともあれば、少量を時々飲んでもらうこともあります。調整には熟練が必要なので、勝手な飲み方は禁物です。多めに飲んでぼんやりとフラフラした姿を見て、家族が「変」になったと勘違いして、恐ろしい薬だからやめろ、となることがありますが、用量調節すればまったく問題ありません。もちろん、飲み続けて「変」になることもありません。


<2>睡眠導入薬

一般に睡眠薬と呼ばれていますが、確実に眠らせる薬ではなく、正確には睡眠に誘う薬です。睡眠は脳を休息させる大切な機能なので、(躁)うつ病や統合失調症など睡眠障害をきたす病気には重要な補助剤となります。これも状態や時期によって用量や用法が変わります。癖になりやすい薬、と一般には思われていますが、実際にはあまり問題になることはありません。確かに「癖になりやすい人」はいます。これがないと眠れないと信じてしまう人です。「眠れなくてダメだ」といって生活に重大な支障があると思い込んで暮らすより、お守りのように薬を飲んで眠れると信じて暮らす方がマシかな、などと思って薬を出しています。お酒との相性がよくありません。一緒に飲むと、意識の障害が一時的に起こって健忘をきたしたり奇妙な行動を取ったりします。某有名バンドのギタリストの自殺は、これではなかったかと憶測されています。


<3>抗うつ薬

沈んだ気分を持ち上げ、しぼんだ意欲を高める効果を持つ薬です。近年、SSRIというタイプの抗うつ薬が注目され、頻繁に使うようになりました。うつ症状のみならず、強迫症状(こだわりや確認)やパニック症状にも有効です。これは、脳内のセロトニンという神経伝達物質を高める作用があり、それによってうつ症状などを改善するといわれています。しかし実際にはそう単純ではなく、別の神経伝達物質を高める薬でないとうまくいかないことも多々あります。何種類もの薬があり、その人にあった薬を探すのに時間のかかることもあります。うつ病にはよく効きますが、うつ状態では切れ味が鈍ります。この薬は、ある一定量以上を毎日欠かさず飲んでいただきます。うつ症状がよくなっても、再発を防止するために半年から一年は服薬を続けるように指導しています。


<4>抗精神薬

仰々しい名前の薬ですが、具体的には、抗不安薬でも治まらない不安や緊張、焦燥感、さらに興奮、幻覚、妄想などに有効です。過敏になった脳内の神経伝達物質の働きを調整する薬です。精神病に限らず、状況に応じて幅広く使用されています。一時的な使用の場合もありますが、多くは脳内の環境調節や環境維持を目的に使用しているため、決められた量を毎日欠かさず服用していただきます。

この他、感情安定薬(気分の揺れを鎮める薬)、漢方薬、(身体症状と連動するような気分の乱れを整える薬)などもよく使用します。

私が児童・思春期の専門なので、「子供に薬を使うのですか?」といった質問をよく受けます。大人よりも処方する頻度は低いのですが、心理療法と合わせて状況によってこうした薬をしばしば使用します。子どもに使うから安全だというのは、いかにも荒っぽい論旨ですが薬の安全性の一端を理解していただければと思います。

2004年08月01日