精神療法

今回は精神療法(心理療法、カウンセリング)についてです。


来院される患者さんの中に、「薬を使わずに、カウンセリングでお願いしたい」と希望される方がしばしばおられます。薬は有害で、カウンセリングは安全といった先入観を持たれているようです。私の修行した大学では、当時精神療法・心理療法が盛んで、そこで色々なタイプの精神療法を学びましたが、常にその副作用に留意するように指導を受けました。ここでは詳しく述べませんが、精神療法にも副作用があるのです。
ちなみに、精神療法、心理療法、カウンセリングの違いは何なのでしょう。実は私もよく分かりません。精神療法というと医者が、心理療法というと心理士が、支持的にあるいは指示的に患者さんに関わり、カウンセリングというとあまり特別な技法を用いずに話を聞いていくといったニュアンスでしょうか。
また、精神療法にも適応があって、障害の種類や時期によってはむしろ精神療法を控える場合もあります。例えば、統合失調症やうつ病では、特に病初期には薬物療法が主体となり、特別な精神療法は控えるのが一般的です。

ここで、私のクリニックで実際に行われている精神療法のいくつかを紹介してみましょう。


①一般的な通院の精神療法

ある好ましくない精神状態のために、患者さんはクリニックを訪れます。その状態や症状について、あるいは生育の歴史、家族関係、職場環境などについて話を伺いながら、仮説を立てていきます。こういう育ち方をした、こんな性格の人が、こんなこと、あんなことを経験しつつ無理してやってきたけれど、とうとうその無理が限界を超えてこんな具合になってきたんだ、と。その方の人生の中に、ある種の無理や我慢、怒りや悲しみを発見して、その押さえ込んだ感情の存在を確認したり、その解放の仕方を共に考えたりしていきます。日常生活の話と織り交ぜながら、進んでいきます。



②カウンセリング

夫婦関係や家族関係に特に問題がある場合、環境調節や関係の修復、整理をする必要があります。こうした場合、カウンセラーやケースワーカーと共同して対応しています。誰にも言えない家の愚痴を聞いてもらうだけでも、すっきりして精神保健にいいという患者さんもおられます。



③一歩踏み込んだ精神療法

若い人たちの中には、乳幼児期の傷つきが深く強い人間不信や絶望を抱えている人がいます。一方では、人間を信じたい欲求があり、その狭間で悶々としています。この種の人たちには、乳幼児期の状況を考え合わせながら、治療者と患者さんという現在の人間関係の間に起こる感情の流れを丹念に追っていく面接が必要となることがあります。こうした関わり方を精神分析的な精神療法と呼んでいます。そこでは、乳幼児期に抱え込んだ憎しみや怒り、愛情希求などが、目の前の治療者に向けて出てきます。長期にわたるむずかしい治療です。



④森田療法

大正時代に慈恵医大教授森田正馬が創案した精神療法です。元々、神経症に特化した精神療法ですが、今日では、パニック障害、うつ病の回復期、統合失調症の安定期などにも応用されてきています。この療法は、症状と呼ばれるものに対して過敏になって気を向ければ向けるほど、よけいに症状が出やすくなるという精神交互作用を、いかにして鎮めるかという技法です。症状への確認や態度を変化させていく認知療法という現代的な技法に似た所があります。例えば、動悸が気になるという人がいます。動悸がすると気になってこのままどうにかなるんじゃないかと不安です。そのうち、何でもなくても、また動悸がするんじゃないかと常に胸のあたりに神経が集中している状態になります。こうなると、動悸を起こす準備状態を自ら演出しているのも同然です。ここで、森田療法では、動悸という症状はそのままにしてやるべきことをしなさいと指示を出します。考えや思いよりも行動を優先せよ、というわけです。エネルギーのある人にお勧めの療法です。



⑤子どもの精神療法

子どもの場合、言葉による面接が容易に進まないこともしばしばです。特に幼児期~学童期ではまず無理です。そのために、昔から色々な技法が開発されてきました。絵を描く粘土細工を作る、おままごとやゴッコ遊びをする、箱庭を作るなど、絵画療法、遊戯療法、箱庭療法などと仰々しい名前がついています。いずれにしろ、言葉よりも遊びを中心に据えて、子どもと関わろうということです。子どもの場合、遊び自体の中で押さえていた感情を発散させたり、遊びを通して治療者に甘えたり、怒りを向けたりしながら、安心や勇気を獲得していきます。ここでは、精神分析的な精神療法を基盤にして、医師と心理士がチームとなって対応します。

ある子どもの場合は、怖がって診察室にもプレイルーム(子どもと関わる遊びの部屋)にも入れませんでした。外来の隣にあるデイケアセンターのテレビゲームやテレビの音には興味を持ったので、治療者は彼女をデイケアへと誘い、カーペットの上で一緒にでんぐり返りをしながら面接していました。キャッチボールをしに戸外に出て行くこともあります。子どもとの面接では、臨機応変な対応がカギになります。


こうした精神療法を患者さんの状態や程度に合わせて、お勧めします。実際の所、子どもの場合を除いて薬物療法との併用がほとんどです。

2004年09月01日