リハビリ

今回は精神科・神経科領域のリハビリについてお話します。

リハビリと言うと、たとえば脳梗塞や脳出血の後、あるいはひどい骨折の後などに麻痺や運動障害の機能回復を目的に行う運動や筋トレを思い浮かべることでしょう。そのイメージになぞらえると、精神科・神経科領域のリハビリは、心の機能回復を目的とした心の運動、心の筋トレということになります。しかし、これでは分かったような分からないような話ですね。例を挙げて具体的にリハビリの様子をみていくことにしましょう。



ツヨシ君は中学の頃までは真面目で勉強ができ、難なく進学校に進みました。高校一年の終わりの頃から、勉強が手につかずいつも物思いに耽っているような様子になりました。学校を休み、布団を頭からかぶってぶつぶつ独り言を言っている異様な姿を見かねて親が精神科の病院を受診させました。ツヨシ君は、みんなが自分の悪口を言っているように感ずるし、自分の身の回りに起こる様々なことがすべて何かしらの意味がありそうだと述べました。たとえば、外を走るオートバイの排気音は自分への嫌がらせのような気がするし、居間の引き戸を父親は時々ドンと大きな音を立てて閉めるが、あれはわざとであって自分に勉強するように催促をしているのだと思う・・・・・・。

ツヨシ君は「統合失調症」という障害を発症していました。この障害は、以前は「精神分裂病」と呼ばれていましたが、誤解や偏見があまりに多いので、数年前に呼称が変更されました。脳が異常に過敏になっており、周囲のわずかな変化を敏感に察知しすぎ、極端な深読みを行ってしまいます。目の前の人物が頭に手をやった-それは私への警告だ、前の走る車が急ブレーキをかけて左折した-それは私に右折するなという合図だ、等々。脳の働きが凄まじく忙しいため、当初は良きにつけ悪しきにつけ行動や言動が活発である(幻聴や妄想なども含まれます)ことが多いのですが、精神エネルギーがどんどん消費されるため、次第にエネルギーの枯渇した労弊状態に陥っていきます。意欲がなくなり、言葉少なになり、対人交流をさけて引きこもりがちの生活となります。

ツヨシ君は最初のうち外来通院をしていましたが、学業の焦りが強く、ゆっくり休んで療養という方針が受け入れられず、一進一退の状態でした。結局、入院してしっかり療養することになりました。数ヶ月間の入院でしたが、ツヨシ君はたいぶ落ち着きました。確かに落ち着いたのですが、表情は乏しくなり、動作は鈍く緩慢になり、精彩がありません。「薬のせいなんでしょうか?」ご両親の心配はもっともです。使用している治療薬のせいなら事は簡単なのですがこの状態は急性の障害後にくる疲弊状態なのです。精神がすっかりくたびれてしまっていて、意欲や自発性が乏しく、感情の起伏も平坦です。いわば、心が麻痺した状態なのです。これから先が、リハビリの対象となる時期になります。前回お話した通院精神療法(医師との個人面接)と並行して、デイケアなどでリハビリを進めていきます。

デイケアというのは、様々な精神的なダメージを受けた人々が安心して集うスペースです。そこで、様々な活動-スポーツ、園芸、料理、ゲーム、カラオケなど-を行うのですが一言でいうと人間関係の基礎練習場です。人間関係というものは相当な精神エネルギーを費やすものなので、やみくもに人間の中に入ってもただ疲れるだけの逆効果になってしまいます。家に一人でいることの安堵感と、デイケアスタッフやメンバーといった理解者たちと一緒にいることの少し緊張する喜びとが交互に存在することが重要のようです。温かいお湯と冷たい水を交互に浴びることが心地よい刺激になるようなイメージでしょうか。人間関係の練習と言っても、相手を見つけて話す、相手に合わせる、友だちを作るといった一般的なものではありません。人がそばにいても横になれる、人といてもしゃべらずに居られる、人の誘いを断れるといったことの方が、実は訓練の主たる目的なのです。

ツヨシ君は最初のうちデイケアに来ると緊張して、テレビの前のソファに身を硬くして座り続けていました。感想を聞くと、誰とも話せない、会話に入れないと悩んでいました。ここは疲れると言うので、まず畳の部屋で横になって休んでみる練習をスタッフが提案してみました。なかなか休むことがむずかしいと言っていましたが、何とか横になることができるようになりました。ツヨシ君が横たわる傍らのスペースでは、いつも「ウノ」のようなカードゲームをやっている数人の連中がいます。メンバーの誰かが声をかけたのでしょう。ツヨシ君が「ウノ」に参加するようになりました。次第に、戸外で行うソフトボールや農作業にも顔を出すようになりました。表情は和らぎ、笑顔が素直に出てきました。サッカーの話題を自分からメンバーに語ったりする姿が見られるようになりました。心が少しゆるみ、よちよちと運動を始めたところです。リハビリの第一歩がやっと動き出したというわけです。
これから先はまだまだ長いのですが、就学や就労への道のりをゆっくりと支援していくことになります。


私のクリニックのデイケアには、不登校の中学生や高校生も来ています。彼らにとっては心のリハビリというよりも、デイケアは、むしろ人間関係のやり直しや育ち直しの場として機能しています。

前回までにお話した薬物療法と精神療法(カウンセリング)に、今回のリハビリ(デイケア)を加えた多面的・統合的な治療が、現在この領域のスタンダードになってきています。

2004年10月01日